第四話:郭解伝1郭解は、司馬遷の幼少から青年期にかけて市井の豪傑として世を震撼させた人物である。 司馬遷も若い頃に郭解の顔を見たことがあるらしい。 同世代人の為か、事跡も集めやすかったのだろう。郭解伝は游侠列伝の大半を占める。 郭解は河内郡県の人である。字を翁伯といった。 郭解は高名な人相観許負の外孫であった。 (許負は薄姫や周亜夫の人相を占い未来を当てたことで有名である。 後漢の應劭は「許負、河内温人、老嫗也。」としているが、老婆であるのかどうかは判らない。) なぜ高名な許負が法の外にいる任侠に娘を与えたのかは判らない。 郭解の父(名不詳)の人相を観て嫁に出す気になったのかどうか・・・。 郭解の父は文帝の時に任侠の行いで誅殺されている。 郭解は小柄であり狡賢かったが酒は飲まなかった。 若い頃は底意地が悪く、気に食わない相手を自ら多く殺した。 付き合いのある者の為に仇を報じ、逃亡者を匿い悪事を働き、 私銭を盗鋳し、陵墓の盗掘をし、ありとあらゆる悪事を行った。 しかしながら、逮捕されそうになるとなぜか逃げのびることができ、 逃げ切れぬときでさえ恩赦で罪を免れることができた。 子分たちは、「郭親分には天の助けがある!」と信じたであろう。 |