第六話:隠棲


恵帝が即位すると、呂后が実権を握り呂氏一族を王位に即けようと企んだ。

しかし、高祖からの重臣・論客らが黙っていない。

後に王陵は面と向かって反対している。


呂后ならば反対派粛清もしかねない。諌めても無駄だ、

と思い、陸賈は病気を理由にして辞職し隠棲することにした。

好畤県の土地が肥沃だったのでそこへ移り住んだ。

南越王趙佗にもらった真珠を千金で売り、五人の息子達に二百金づつ分け与え自立させた。


陸賈は隠棲してからは、

いつも四頭立ての立派な馬車に乗り、歌舞管弦の者を十人連れ、百金の宝剣を身に帯びていた。

息子達とは、「わしがお前たちの誰かの家を訪ねたら、わしの供や馬に食事を出してやってくれ。

十分だと思ったらわしは次の家へ行く。

わしが誰かの家で死んだら、その家の者に宝剣・馬車を与える。葬儀の足しにしてくれ。

他の知人の家にも出かけるから、お前たちの家には一年で二・三回訪問するくらいだろう。

長く逗留して迷惑をかけるようなことはしないつもりだ。」と約束していた。



しばらくすると恵帝が死に、呂后が完全に実権を掌握した。

次々と呂氏を王に立て、軍をも呂氏が掌握した。

硬骨の王陵は左遷され、もはや丞相とは名ばかりで陳平にも実権はなかった。

見かねた陸賈は、隠棲していることを逆手に取り暗躍し始める。

高祖を皆でもりたて取った天下を、呂氏に奪われるのは耐えられなかったのかどうか・・・


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