万世大路米沢側 その1 2003.11
福島側を踏破した後、昼食と大瀧宿見学を挟んで残されている米沢側へと急いだ。
10月初旬の米沢側は荒れ果てており、悪夢のような藪に閉ざされていた。
福島側と違い、途中砕石会社の私有地を通る為立ち入りが制限されるからであろう。
こちらは四駆も入れぬ、まさに「廃」道である。
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栗子山の近くを通る、途切れた道路がそれです |
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砕石会社の中をチャリでのぼる。勾配がかなりある。
事務所で通行許可を貰おうと思ったが、
事務所はおろか砕石場内人っ子一人いなかった。
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瀧岩上橋に到着。
昭和7年に架けられた。御歳71歳。
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すぐに廃道化。
いきなり九十九折の連続。
福島側踏破の後に来たのでバテバテだった。
数m乗っては止まり、水を飲んだ。
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紅葉を楽しんでいる暇はない。
この先に待ち構えている藪地帯が心配で仕方がない。
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こちらは10月初旬の写真。
見通しゼロ。
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一見、道はフラットに見えるが騙されてはいけない。
落ち葉の下はマディな沼地であり、福島側の沼漕ぎと何ら変わらない。
むしろ、米沢側の方が酷い。
長い年月をかけて雨水が削った溝は深く、
前輪がはまると体ごと前転し、疲労度倍。
ひたすら九十九折。
人工物無し。
孤独。
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まだまだ九十九折。
自転車に乗れず、ひたすら押す。
便利な乗り物が、ただの重い鉄屑に思えてくる。
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左の写真の九十九折カーブ付近、10月初旬の写真。
地獄だ・・・・・・。
ここで道をロストしたことを思い出した。最悪の記憶だ。
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な、なんだ??確かここは藪に溺れた場所だったはず・・・
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こちらが10月初旬の同地点。
なんじゃこりゃー
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ラジオを路上に落とし、拾おうとしたら眼前に短い橋を見つけた。
藪が綺麗に枯れているのが判る。
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この先、一気に道の状態は悪化する。
ここまでチャリに乗ったり押したりを繰り返していたが、遂にチャリ放棄。
どう見てもチャリを漕げる道ではなかった・・・
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