第三話:長者


漢中郡太守となった田叔は郡をうまく治め、反乱鎮圧に奔走する劉邦に兵糧を送り、

また名材を伐りだして漢中に宮室を建立し、劉邦を喜ばせた。

田叔は漢中を治めること十余年に及んだ。


文帝が即位すると、文帝は田叔を中央へ呼びよせて諮問した。

文帝 「君は天下の長者というべき人材を知っているか。」

田叔 「臣ごときがどうして存じておりましょう。」

文帝 「いや、君は長者だ。知っているはずだ。」

田叔 「元の雲中郡太守孟舒は長者であります。」

文帝 「孟舒は匈奴めが侵入した際、防ぐことができず、戦死した者は数百人に上った。

国境付近で一番の被害であった。

長者はこんなにも人を死なせるものであろうか。」

田叔 「それこそ孟舒の長者たる所以であります。

趙王さまの事件があった際、高祖さまは『趙王についてくる者は三族皆殺にする』

と詔を下されました。

しかし孟舒は自ら髪を剃り落して首枷をはめ、趙王張敖さまのいらっしゃる場所へは

どこへでもつき従って命を投げ捨てる覚悟でおりました。

後に雲中郡の太守になるとは考えたはずもありません。

また、我々が楚に勝利し士卒が疲れきっていたところへ、

ちょうど匈奴の冒頓めが侵入し、国境を荒らしまわりました。

孟舒は兵たちを思って、出兵の命令を下すに忍びませんでした。

それでも兵たちは争って匈奴と戦い、

子が父の為に、弟が兄の為に働くかのように奮戦いたしました。

それ故、死者が数百人になってしまったのです。

これが孟舒が長者たる所以でございます。」

文帝 「なるほど・・・。

孟舒は偉い男である。」


文帝は再び孟舒を召しだして、雲中郡太守とした。


数年の後、田叔は法に触れ官を免ぜられた。


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