第九話:運籌策帷幄中


張良は劉邦に従って、斉討伐で留守中の項羽の本拠地・彭城へ攻め込んだが、

項羽の鬼神の働きによって漢軍は蹴散らされ、惨敗した。劉邦自身も死にかかった。

しかし、韓信曹参らが必死で敗残の兵をまとめたために全滅までには至らなかった。


劉邦は、項羽の恐ろしさを体で感じた。あの男には絶対敵わないと思った。

劉邦は馬から降り、鞍を外してそれに腰掛けて嘆いた。

劉邦 「ワシは函谷関より外を誰かに呉れてやろうと思う。

誰に呉れてやればよいだろうか。」

張良 「漢王。現在、九江王黥布は項王と仲違いしております。

黥布は討伐されるのではないかとビクビクしております。

そして彭越は斉王と結託して梁の地で大規模に反乱を起しております。

また、漢王の将の中でただ一人だけ大事を託して一方面を任せられる者がいます。

それは韓信です。

函谷関の外を誰かに呉れてやるならば、この三人に呉れてやればよいでしょう。

そうすれば楚を打ち破ることができます。」

劉邦 「おおっ! そうか!

では早速使者を出し、味方につけよう。」


こうして張良は常に劉邦の精神面のサポートし、困難を打破する策略を立てた。

漢の三年(BC204)、劉邦はけい陽城で包囲され、項羽に激しく攻め立てられた。

そのときにも張良は左右に揺曳する劉邦の精神を抱きとめた。(詳しくは →ココ←)

漢の四年(BC205)、張良がその才能を認めた韓信がれき食其を犠牲にして大国斉を降し、

自分で勝手に斉王を名乗ろうとし、劉邦のもとへ使者を送ってきた。

劉邦はキレた。

劉邦 「今、漢軍は非常に苦しい時だ。韓信が来るのを今か今かと待っている。

それなのに、韓信は斉王になりたいとほざく。なんという恩知らずだ!」

劉邦に侍していた張良と陳平は、ほぼ同時に事の重大さに気付いた。

そしてそっと進み出て劉邦の足を踏んだ。

劉邦 「イタタ!  二人とも何をする!」

張良 (囁き^-^;;) 漢王さま、いま我々は包囲され、非常に不利な状況にあります。

今、韓信が斉王になるのを認めなかったら、彼はきっと項羽と同盟を結ぶでしょう。

そうなったら漢は一朝にして滅びます。

この機会を利用して韓信を斉王にしてやり、彼の望みを叶えてやり、

自ら進んで斉の地を守らせるべきです。さもないとないと、とんでもないことになります。


劉邦 「はっ!  Σ( ̄□ ̄;

(そうだった・・・ワシは怒りにまかせて大事を誤るところであった・・・)

おい! 使者よ。韓信という立派な男が勲功を打ち立てたのだ。

真の斉王とならなくてどうする?

『張良を遣わして、斉王に任命する』と韓信に伝えぃ!!」


こうして韓信離脱の危機的状況は回避されたのであった。


漢軍と楚軍が広武の鴻溝の通う谷を境に対峙したとき、劉邦は項羽と谷を隔てて語り合った。

劉邦は一方的に項羽の罪を並べ立てて非難した。

項羽は、はじめから部下に命じて弩を伏せさせており、放って劉邦に命中させた。

劉邦は胸を負傷し、昏倒した。

しかし、自軍が意気喪失するのを恐れて、強いて体を起こし、

足を捻って「えびす野郎めが。ワシの指に当ておった。」と言った。


劉邦の傷は酷く、病臥した。

しかし、張良が言った。

「今、陣中を巡行して慰労し、漢王健在を示し士卒を安心させなければ、軍は瓦解します。

楚に、勝ちに乗ずる隙を与えてはなりません。」

これには劉邦もむっとしたであろう。傷つき、痛みを抱えているのは自分なのだ。

しかし、冷静に考えると、張良の言う通りであった。

劉邦は無理をして陣中を巡り、健在ぶりを示した。


そのため、劉邦の傷が悪化した。

劉邦は陣中を去り、車で成皋に入り傷を治療した。

傷が癒えると、あろうことか戦線離脱し、蕭何の守る関中に戻った。

関中では、父老を呼び集めて慰労し、宴会を開いた。

戦場の凄まじい光景ばかりを見続けてきた劉邦にとっては、心安まる宴会だったに違いない。

四日もすると劉邦は新たな関中兵を率いて広武に戻り、陣を敷いた。

また、彭越が項軍の糧道を断っており、地を失った斉王田横もこれに従っていた。

さらに斉王となった韓信は北方から楚に圧力をかけており、楚が派遣した竜且を攻殺していた。


項羽は憂慮して、漢の使者侯公の説得もあり漢と盟約を結んで、天下を二分することとした。

目の前の鴻溝を境界とし、劉邦の父母妻子を返した。漢軍はみな万歳と叫んだ。

項羽は戦闘態勢を解除し、彭城へ向った。

劉邦も同じく関中へ帰ろうとした。

しかし、張良はそれを止めた。

「漢は天下の大半を保有し、諸侯はみな味方しております。

ところが楚は疲れ果て食糧が欠乏しております。

この機に乗じて、楚を滅ぼすべきです。すぐさま追撃するべきです。」

劉邦はこの策に驚いたが、張良の言ったことに間違いはなかったので追撃を決めた。


劉邦は独力で項羽を倒す自信がなく、韓信・彭越と合体して楚を討とうとした。

固陵に至って、韓信・彭越を待ったが、二人は来なかった。

項羽は漢軍を撃破し、固陵城に押し込めた。

劉邦は悲鳴をあげた。


劉邦 「子房! お前の言った通りにしたが、韓信と彭越の野郎は約束を破って来ない。

一体、どうしたらよいのか。」

張良 「楚はもはや敗れようとしております。天下が統一されたときに、

韓信と彭越に確定した領地を与えなければなりません。

しかし、漢王は、彼らに確定した領地をお与えになっておりません。

まいらぬのは当然といえましょう。

彼らと天下を分かち合い、分配なさればたちどころにやって来るでしょう。

そうしなければ、このまま固陵で終わるやもしれません。」

劉邦 「わかった。韓信には陳より東、海に至るまでの地を与え、

彭越にはすい陽より北、穀城に至るまでの地を呉れてやろう。」


こうしてすべての諸侯が垓下に集結し、項羽は滅んだ。

劉邦は張良の言をすべて入れ、天下を取った。



張良自身が漢兵を率いて力戦することは、一度も無かった。

彼は常に劉邦に侍り、帷幄の中にあって天下を相手に策略を立てた。

彼が後世、軍師と言われた所以は、「運籌策帷幄中、決勝千里外、子房功也。」

に集約されているのではないだろうか・・・


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