第三話:古えの道?


陳留を落とした後、れき食其は弟れき商を劉邦に推薦した。

れき商は、劉邦が高陽に到着するまでに近隣の若者を無理矢理かりだし、

なんと四千人の部隊を作っていた。

れき商は四千の兵を率い陳留を内から落とし、劉邦軍に参加した。

陳留陥落は、このれき兄弟の仕組んだ巧妙な策略のお蔭であったのだ。



この後、れき食其は交渉の使者として諸国を駆けまわった。


劉邦が秦の武関を破り領内に侵入し嶢関まで来たとき、張良は嶢関を守る将軍を買収しようとし、

れき食其に高価な財物を持たせて使者とした。

れき食其はこの将軍を見事説き伏せ劉邦軍に味方させたが、

張良はこの将軍を欺いて不意討ちにした。これで秦の崩壊は決定的となった。

その後、秦の地は三分され(三秦)、劉邦は漢王に左遷された。しかし劉邦は韓信を得、出撃して

三秦を落とした。さらに項羽留守の彭城を攻めるも大敗北を喫し、けい陽へ退いた。

項羽は凄まじい勢いでけい陽を包囲し、漢軍は窮した。

劉邦はこの事態を憂慮し、れき食其と事態打開策を練った。

れき食其は得意の弁舌で、熱く語った。


れき食其 「昔、殷の湯王は、夏の暴君桀を討伐しましたが、その子孫を杞に封じました。

周の武王は、殷の暴君紂を討伐しましたが、その子孫を宋に封じました。

ならば漢王は、秦に滅ぼされた六国の子孫を立てて王位を与えれば、

君臣人民は必ず漢王の徳を慕い恩義に報いようとするでしょう。

漢王の徳義が天下に浸透しましたら、覇王となりなされ。

そうすれば、楚の項羽は必ずや降伏するでしょう。」

劉邦 「なるほど。では、早速六国の印綬を彫らせよう。

れき先生はそれを持って、使者となってもらおう。」


劉邦は窮迫した事態打開のめどが立ったので安心し、食事を取った。そこへ張良が入ってきた。


劉邦 「おお、子房。先ほどれき先生が六国の末裔を立てて項羽を弱らせる策を

立ててくれたのじゃ。おぬしはどう考える?」

張良 「ああ!!陛下の箸をお貸し下さい。(箸を奪う)

いいですか。天下の浪士が、生まれた土地を離れ、先祖の墳墓を捨て、

旧友の元を去り、陛下に付き従っているのは何故だかご存知ですか?」

劉邦 「そ、それは、領地や恩賞が欲しいからではないか?」

張良 「その通りです。では今、六国を復興してその末裔を王に立てるならば、

天下の浪士はそれぞれ帰国して六国の末裔に仕え、自分の親戚とともに暮らし、

旧友と親交を深め、先祖の墳墓を守るでしょう。

そんな状態になったら、一体陛下は誰を率いて天下を争われるのですか?」

劉邦 「ぐ・・・。子房の言う通りじゃ・・・。」

張良 「まだあります。もし、六国の王が立ったとしても、

どうせすぐに項羽に降伏してしまうでしょう。

陛下は敵を増やすことになります。

こんな策を採用するならば、陛下の大事はおしまいです。」

劉邦は、事態の深刻さを悟り、食べていた物を吐き出して激しく罵った。

劉邦 「うぬぬ・・・。あの、こわっぱ腐儒め!!

もうちょっとでワシの大事はぶち壊しになるところだった!!」



こうしてれき食其の策は却下された。



乱世では理想は語れないのであった。張良はそれをよく知っていた。


しかし劉邦はこれ以降もれき食其を信任し、この一件を不問にしたのであった・・・


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