第四話:三寸の舌


劉邦は度々負けた。特に、けい陽・成皋では項羽に激しく打ち破られたので、

劉邦はけい陽・成皋を放棄しようと考えた。この撤退は明らかに漢軍崩壊の危機であった。

れき食其はすぐさま進み出て、これを諌めた。


れき食其 「そもそも、君主にとっては『民』が天であり、民にとっては『食』が天であるのです。

けい陽・成皋一帯にある敖倉(ごうそう)には、長い間天下の穀物が運び込まれており、

そこに貯蔵されている穀物は極めて大量です。

項羽はけい陽・敖倉を奪いましたが、敖倉には弱兵しかおりません。

これこそ天が漢を援助なさっているのです。奪うしかありません。

それなのに退却しようとなされるとは、重大な過失にしか思えませぬ。

劉邦 「そうだったのか。敖倉か・・・。

よし、撤退はやめた。敖倉を奪うぞ。」

れき食其 「現在、韓信が燕と趙を落とし平定しましたが、まだ斉は降伏しません。

斉には20万の兵がおり、海を背にして黄河を防衛線としています。

今、漢王さまが数十万の兵を派遣されたとしても、一年では落とせないでしょう。

私が斉に行き、斉王を説いて漢に従わせてみせましょう。」

劉邦 「なるほど・・・。できるか?」

れき食其 「はい。敖倉を奪還したならば、すぐさま斉へ向かいましょう。」


劉邦はれき食其の進言を取り入れ、まず敖倉を攻めた。

敖倉を守備していたのは、囚人兵であり戦意は低かった。

漢軍はあっさりと敖倉を奪還し、大量の穀物を手に入れた。


れき食其は、漢王劉邦の使者として斉へ向かった。

彼は斉に着くと、斉王田広に大いに説いた。

れき食其 「斉王さまは、天下が誰の手に落ちるかご存知でしょうか?。」

田広 「いや、知らぬ。」

れき食其 「天下が誰の手に落ちるかご存知ならば、この斉国は無事でしょう。

しかし、もしご存知ないのなら、斉は人のものになるでしょう。」

田広 「・・・・では、天下はどこに落ち着くと言うのだ?」

れき食其 「漢です。」

田広 「・・・で、れき先生はいかなる理由でそういわれるのか?」

れき食其 「漢王は、義帝の元で、『最初に咸陽を落とした者をその地の王とする』

と、項王とともに盟約しました。漢王は真っ先に咸陽を占領しましたが、項王は約束を

違え、漢王を辺鄙な地へ追いやりました。さらに項王は義帝を暗殺しました。

漢王は『義帝はどこにおられるのか』と項王を詰問し、天下の兵を味方に加えました。

漢王は、城を攻め落とした者がいれば、すぐさま将軍に取り立て、献上物があれば、

士卒と分かち合い、豪傑賢人はみな漢王の下で働くのを喜んでおります。

また丞相蕭何が、蜀と漢中の兵糧を輸送し、倉は穀物で溢れております。

一方、項王は、約束を違えた汚名と、義帝を弑した罪過がこびり着いております。

彼は人が手柄を立てても一向にとりあげませんが、犯した罪は忘れません。

項一族以外の者は、戦で手柄を立てても城を落としても褒美は受けられません。

ゆえに、才能ある人物は恨みを抱き、彼の為には働こうとはしません。

このよおうに、天下の人材が漢王に心を寄せているのは、ここに坐っていても

見て取れます。」

田広 「・・なるほど。」

れき食其 「漢王が派遣した韓信は、趙・魏・代を攻め落とし、成安君陳余を処刑し、

多くの軍勢を手にいれました。また、漢王は敖倉の食糧を手に入れ、成皋に要塞を

築き、白馬の渡しを抑え、万全の体制を整えています。

諸侯のうちで、降伏が遅かった者ほど先に滅びましょう。

斉王さまが先手を取って漢王に降られれば、斉国は無事存続し、王位を保てるでしょう。

しかし、もし漢王に降られねば、滅亡の危険がたちまち訪れるでしょう。」


斉王田広は、宰相の田横と相談し、結局漢に降ることにした。

そして、国境歴城の守備兵を引き上げさせ、劉邦に降伏する通達を出した。


れき食其は大満足であった。三寸の舌でもって強国斉を降したのだ。

彼は斉王田広・宰相田横が開く酒宴に招かれ、酒びたりの毎日であった。


が、彼の死は密かに忍び寄っていたのだ・・・・


第五話へ行く

HOME