劉邦は度々負けた。特に、陽・成皋では項羽に激しく打ち破られたので、 劉邦は陽・成皋を放棄しようと考えた。この撤退は明らかに漢軍崩壊の危機であった。 食其はすぐさま進み出て、これを諌めた。 |
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食其 | 「そもそも、君主にとっては『民』が天であり、民にとっては『食』が天であるのです。 陽・成皋一帯にある敖倉(ごうそう)には、長い間天下の穀物が運び込まれており、 そこに貯蔵されている穀物は極めて大量です。 項羽は陽・敖倉を奪いましたが、敖倉には弱兵しかおりません。 これこそ天が漢を援助なさっているのです。奪うしかありません。 それなのに退却しようとなされるとは、重大な過失にしか思えませぬ。 |
劉邦 | 「そうだったのか。敖倉か・・・。 よし、撤退はやめた。敖倉を奪うぞ。」 |
食其 | 「現在、韓信が燕と趙を落とし平定しましたが、まだ斉は降伏しません。 斉には20万の兵がおり、海を背にして黄河を防衛線としています。 今、漢王さまが数十万の兵を派遣されたとしても、一年では落とせないでしょう。 私が斉に行き、斉王を説いて漢に従わせてみせましょう。」 |
劉邦 | 「なるほど・・・。できるか?」 |
食其 | 「はい。敖倉を奪還したならば、すぐさま斉へ向かいましょう。」 |
劉邦は食其の進言を取り入れ、まず敖倉を攻めた。 敖倉を守備していたのは、囚人兵であり戦意は低かった。 漢軍はあっさりと敖倉を奪還し、大量の穀物を手に入れた。 食其は、漢王劉邦の使者として斉へ向かった。 彼は斉に着くと、斉王田広に大いに説いた。 |
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食其 | 「斉王さまは、天下が誰の手に落ちるかご存知でしょうか?。」 |
田広 | 「いや、知らぬ。」 |
食其 | 「天下が誰の手に落ちるかご存知ならば、この斉国は無事でしょう。 しかし、もしご存知ないのなら、斉は人のものになるでしょう。」 |
田広 | 「・・・・では、天下はどこに落ち着くと言うのだ?」 |
食其 | 「漢です。」 |
田広 | 「・・・で、先生はいかなる理由でそういわれるのか?」 |
食其 | 「漢王は、義帝の元で、『最初に咸陽を落とした者をその地の王とする』 と、項王とともに盟約しました。漢王は真っ先に咸陽を占領しましたが、項王は約束を 違え、漢王を辺鄙な地へ追いやりました。さらに項王は義帝を暗殺しました。 漢王は『義帝はどこにおられるのか』と項王を詰問し、天下の兵を味方に加えました。 漢王は、城を攻め落とした者がいれば、すぐさま将軍に取り立て、献上物があれば、 士卒と分かち合い、豪傑賢人はみな漢王の下で働くのを喜んでおります。 また丞相蕭何が、蜀と漢中の兵糧を輸送し、倉は穀物で溢れております。 一方、項王は、約束を違えた汚名と、義帝を弑した罪過がこびり着いております。 彼は人が手柄を立てても一向にとりあげませんが、犯した罪は忘れません。 項一族以外の者は、戦で手柄を立てても城を落としても褒美は受けられません。 ゆえに、才能ある人物は恨みを抱き、彼の為には働こうとはしません。 このよおうに、天下の人材が漢王に心を寄せているのは、ここに坐っていても 見て取れます。」 |
田広 | 「・・なるほど。」 |
食其 | 「漢王が派遣した韓信は、趙・魏・代を攻め落とし、成安君陳余を処刑し、 多くの軍勢を手にいれました。また、漢王は敖倉の食糧を手に入れ、成皋に要塞を 築き、白馬の渡しを抑え、万全の体制を整えています。 諸侯のうちで、降伏が遅かった者ほど先に滅びましょう。 斉王さまが先手を取って漢王に降られれば、斉国は無事存続し、王位を保てるでしょう。 しかし、もし漢王に降られねば、滅亡の危険がたちまち訪れるでしょう。」 |
斉王田広は、宰相の田横と相談し、結局漢に降ることにした。 そして、国境歴城の守備兵を引き上げさせ、劉邦に降伏する通達を出した。 食其は大満足であった。三寸の舌でもって強国斉を降したのだ。 彼は斉王田広・宰相田横が開く酒宴に招かれ、酒びたりの毎日であった。 が、彼の死は密かに忍び寄っていたのだ・・・・ |