第一話:雑草魂 |
田横という人は、旧斉国の王族の末裔だと言われている。 しかし、この家系伝説は自称であるため、かなり疑わしい。 田横の一族はみな優秀であり、3人もの斉王(自称だけど)を輩出した。 田横の従兄の田(でんたん)は秦末期の陳渉の動乱で自立し、斉王を名乗った。 しかし名将章邯が出動し、戦に破れ、田は斬られた。 しかし、田一族はしぶとい。 田横の兄、田栄(でんえい)が敗残の兵をかき集め、死んだ田の子、田市(でんし)を立てて斉王とした。 田市が全くの傀儡の斉王であったのは言うまでもない。 項羽が秦を滅ぼし天下を平定したあとの論功行賞で、田市は山東半島に国替えとなった。 これは明らかに左遷である。領土も以前の1/3である。(管理人の推測ですが・・・) 田栄はキレた。 「なんで斉全土を支配していた我々が斉王になれんのだ?なぜ斉を三分割したのだ? 項羽め、ふざけやがって!!!」 田栄は項羽を恐れていなかったが、傀儡の田市は項羽を恐れ、新領土の山東半島に向かおうとした。 田栄はまたもキレた。 「田市は、俺が王にしてやったのに項羽の方を恐れている。ふざけるな!!」 こうして田栄は、一度は主君と仰いだ田市を殺してしまった。(やってることは、項羽と一緒?!) さらに田栄は一族の者を次々と殺し斉全土を支配下に収め、項羽に反旗を翻した。(項羽よりすごいかも・・・) 田栄の項羽に対する反乱は、天下大乱の導火線に火をつけた結果となった。 漢では劉邦が反乱を起こし、趙・代では陳余が反乱を起こし、項羽の足元では彭越が暴れた。 しかし、さすがは項羽。多面攻撃を避け、一点集中で素早く反乱を片付けたのだ。 始めに片付けられたのが、田栄だった。 項羽の激怒は楚兵にも乗り移り、田栄の軍は散々に打ち負かされた。 田栄は平原(へいげん)に逃げ込んだが、住民に殺されてしまった・・・。 しかし田一族はしぶとい。 項羽が斉の各地で罪のない住民を虐殺し、生き埋めを繰り返し、住宅を焼き払ったので、 斉人は各地で仲間を集め、項羽に歯向かった。 斉人は俗に言うゲリラ戦を展開したのである。 そのゲリラ軍総帥になったのが、田栄の弟、田横(でんおう)である。 彼には、ツキもあった。 劉邦が項羽の本拠地・彭城を落とし、項羽が斉に居られなくなったのだ。 項羽は斉にいる兵のうち、精強な兵3万を率いて彭城救援に向かい、斉を去った。 項羽は劉邦を打ち負かしたものの、息の根を止めることができずに、両軍は陽で睨みあった。 その隙に、田横は項羽に攻め落とされた斉の城邑を取り戻すことができたのだ。 田横はツイている。 田横は亡兄田栄の子・田広(でんこう)を斉王に擁立し、自分は首相となり、一国としての体裁を整えた。 しかし、斉王田広は全くの傀儡で、実際は田横が斉国の政治を一人で動かしたことは言うまでもない。 奇しくも、亡兄がやったコトと同じである。血は争えないものなのだろうか・・・。 しかし、田横は人気があった。 田横は情に厚く、約束は必ず守り、食客が何百人も彼を慕って集まっていたのである。 そう、彼は「任侠の士」だったのである・・・・・・・・・ |