司馬遷の生きた時代に、こういう諺があったという。 「力田不如逢年、善仕不如遇合。」 畑仕事に励んでも、豊作をもたらす自然の力には勝てぬ。 主君に懸命に仕えても、うまくお気に入りとなる幸運の力には勝てぬ。 ということであろう。 この時代、女性だけが美貌媚態で主君にとりいるだけではなく、 小姓たちでもその美貌によって皇帝と寝起きを共にし、寵幸された者がいた。 建国の功臣が消え行く文帝の頃、 文帝に寵幸された小姓に通(とうつう)という者がいた。 通は爲郡南安の人である。もしかすると漢民族でないかもしれない。 彼は元々舟遊びの舵取りが上手で、黄頭郎に任命されていた。多分彼は少年と呼ばれる年齢かと思われる ある時、文帝は天へ登る夢を見た。 なかなか登りきれずにいたところ、一人の黄頭郎が後ろから押し上げて天へ登らせてくれた。 文帝が振り向いてみると、その黄頭郎の上着の背の縫い目が帯のところで綻びていた。 そこで目が覚めた。 文帝はあまりにもはっきりした夢だったので、 高楼に登り、夢の記憶を辿りながら押し上げてくれた黄頭郎をそれとなく探した。 すると、夢で見た通り、帯のところの縫い目が綻びている一人の男がいた。 文帝は喜び、その男を呼び寄せた。 その男は姓名を問われ、「姓は、名は通であります。」と答えた。 「」の音は「登」の音と通じており、文帝は非常に喜んだ。 それからというもの、通は文帝に寵幸され、目をかけられること度を越すばかりであった。 |
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