竇姫は呂后に仕えてしばらくは何事もなく勤めていた。 あるとき、呂后は宮女を諸王に下賜することにした。 竇姫はその下賜される宮女に入れられてしまった。 主の命令であるので竇姫には逆らうことはできなかったが、 せめて実家のある趙に行くことを願った。 竇姫は風の噂で両親が死んだらしいということは知っていた。 そのためか、弟と幼年期を過ごした家を慕う気持ちは高まるばかりであった。 竇姫は宮女下賜を担当している宦官の役人に会って懇願した。 「お願いですから、私の名を趙行きの組に入れてください。お願いします。」 しかし、その宦官は名簿作成の時にはそのことをすっかり忘れて、 竇姫を匈奴に隣接する辺境の代国行きの組に入れてしまった・・・。 名簿が呂后に提出され、許可が下りた。 竇姫は自分の代行きを知ると、涙を流して悲しみ、 自分の懇願を無視した宦官を怨み、「絶対に行かない」と言い張った。 人々は驚いたが、彼女を無理矢理代国へ行かせた。 竇姫は代へ向かう道中、 泣きはらした目でただただ自分の運命を悲しく見つめるだけであった。 代へ着くと、宮女たちは代王劉恒に謁見した。 劉恒は竇姫の悲しげな目が非常に印象的だと感じ、その日の夜、 竇姫だけを呼び出した。 竇姫は大いに緊張したが、代王劉恒は非常に情深かった。 そして、彼は人を語らせてしまう不思議な魅力を持っていた。 |
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劉恒 | 「姓は竇といったな。私は初めてお前を見たとき、 その悲しげな目が印象に残った。 何か悲しいことがあったのか?遠慮無く言ってくれ。」 |
竇姫 | 「・・・・・・私は幼い頃に実家を出て呂后さまにお仕えしました。 その後、両親は死に一家は離散しました。 大好きだった弟は人さらいにさらわれ、行方も判りません・・・。 私は故郷が恋しく、趙に行きたいと願ったのですが、 賄賂を贈るお金も無く、結局、代へ来てしまいました。 頼る者も無く、我が身の悲運を嘆くばかりです。 一体、私に何の罪があるのでしょうか・・・・・・。うう・・・・」 |
劉恒 | 「・・・そうだったのか・・・。 私には慰める言葉もない・・・。 私は何もしてやれぬが、決してそなたを見捨てることはない。」 |
こうして、代王劉恒は竇姫一人をかわいがり、その寵愛は正妻を凌ぐほどであった。 しかし、竇姫は過去の悲しみから、慎み深く謙虚であったので 正妻の王后にも正しく仕え、劉恒の母薄姫にも恭しく仕えた。 竇姫は娘の劉嫖(ひょう)を産み、続いて男子を二人産んだ。下の子は劉武といった。 しばらくすると、正妻の王后が病死した為、竇姫は事実上の正妻となった。 そして劉恒の寵愛は決して衰えなかった。 彼の言葉に嘘はなかったのである・・・ |