第二話:太僕


夏侯嬰の献身的な弁護によって、劉邦は救われた。

しかし、劉邦はまたも罪を犯してしまう。亭長の役目を放棄して、逃亡してしまったのだ。

これには「劉邦党」の人たちも参ってしまった。

秦帝国が滅亡しない限り、劉邦は永久に逃亡する運命となってしまったからである。

しかし、それでも「劉邦党」はめげなかった。

彼らは密かに劉邦の隠れ家に食料を運び、劉邦に世間の情勢を語った。

もちろん、夏侯嬰もその一人であった。

(ちなみに、彼はすでに仮採用の期間を終え、沛県書記に正採用されていた。)


しかし、時代は動いていた。

秦帝国は崩壊し始め、至る所で反乱が起きた。

沛県の県令も動揺し、反乱を起こす相談を部下の蕭何・曹参にした。

しかし二人は、「劉邦を迎え入れ将軍に任じれば、大事は必ず成功する」と言って聞かない。

そこで県令は、劉邦を迎え入れる決断をした。

が、すぐに蕭何・曹参の「県令を殺し、劉邦を主にする」魂胆に気づき、

二人の逮捕令を出すと共に、城門を閉めることを命じた。

しかし、二人のほうが一枚上手だった。

県令の不穏な動きを事前にキャッチし、夏侯嬰らと共にサッサと逃げ去ってしまっていたのだ。

こうなると、県令は城壁の中ですくんでいるしかなかった。

そんな中、劉邦が乞食のような部隊を率いて沛県の城外に到着した。


劉邦「おうおう、蕭何さんよ〜。話が違うじゃないか。俺を将軍に迎えるんじゃなかったのかい?」

蕭何「申し訳ありませぬ〜。県令の奴が心変わり致しまして・・・・」

劉邦「ふん。馬鹿め!!このまま城に攻め入るか」

蕭何「おっ、お待ちくだされ。沛には、私たちの家族が住んでおります」

劉邦「そうだったな。皆の家族もいるしな。俺の兵達の家族もみんな沛に住んでいる」

夏侯嬰「私が沛に忍び込み、劉兄貴を迎えるよう人々に説得しましょうか?」

劉邦「おう、それはいい!!頼むぞ、嬰。」

夏侯嬰「はっ・・・」


こうして夏侯嬰は密使となって沛に忍び込み、沛の人々を命がけで説得した。

また、劉邦直筆の矢文も功を奏し、沛県はたった一日で降伏し県令は殺された。

劉邦は沛の県令の座を奪い、これより「沛公」と呼ばれるようになった。

・・・・・・・・・


沛を無血開城させた夏侯嬰の影の功績は大きかった。

行賞が行われ、夏侯嬰は太僕(たいぼく)に任命された。

太僕とは、馬車と馬を管理する役職で、

劉邦軍の場合では、劉邦直属の馬車の管理、即ち劉邦の御者を意味した。

簡単に言えば、劉邦の乗る馬車を走らせる人だったのである。

そして、この官位を夏侯嬰は一生守ってゆくのである。

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