第二話:功臣


漢の四年(紀元前203年)、項羽は劉邦が篭城するけい陽城を激しく包囲した。

事態は急迫し、陳平の計略で劉邦は遁走したが、周苛をけい陽城に残した。

項羽はけい陽城を落とし、周苛を捕らえた。

項羽は周苛を楚の将軍にしようとし、誘いをかけた。


項羽 「わが将軍になれ。わしはおまえを上将軍とし、三万戸に封じる。」

周苛 「貴様なぞ早く漢王に降服しろ。さもなくば、やがて漢の捕虜になるぞ。

お前は漢の敵ではない!!」


項羽は激怒し、周苛を煮殺した。


周苛の死は約束済みだったとはいえ、劉邦はその死を悼んだ。

そこで周苛の息子・周成をとりたて、従兄の周昌を御史大夫に任命した。


周昌は常に劉邦に従い、力を尽くして項羽を討った。

漢の六年(紀元前201年)功臣の蕭何や曹参らと一緒に封じられ、汾陰侯となった。

汾陰侯周昌は列侯の中での位が十六番目という名誉だった。

殉職した従兄・周苛の遺児周成は高景侯となった。


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