第五話:太尉


高祖六年(BC201)代王である韓王信が叛き、周勃は劉邦に従って出陣した。

劉邦の前線として目覚しい戦果をあげ、その功績から周勃はついに太尉に任じられた。

太尉は丞相・御史大夫と共に三公と呼ばれ軍事部門での最高位である。


高祖十年、代の相国陳きが叛き周勃は討伐に出た。

都であった馬邑を落とし、雁門郡十七県・雲中郡十二県・代郡九県を平定した。

高祖十二年、燕王盧綰が叛いた。

劉邦は盧綰とは幼馴染であったが、同じく昔馴染みの樊かいに兵を授け討伐へ向かわせた。

しかしこの時劉邦に讒言する者があり、劉邦は義兄弟でもある樊かいをも疑い

陳平に樊かい誅殺を、周勃に軍を引き継ぐよう命令した。

周勃・陳平はさすがにこの命令を実行することができず、共謀して樊かいを捕縛し長安へ護送した。

斬首するのかどうか、裁きは劉邦に任せようと考えたのである。

周勃は後任の総指揮官として盧綰を討ち、上谷郡十二県・右北平郡十六県・遼東郡二十九県・

漁陽郡二十二県を平定した。


燕を平定して長安へ帰ると、劉邦はすでに死んでいた。

劉邦は死ぬ間際、呂后に遺言を残していた。


呂后 「陛下がお隠れになり、相国の蕭何が死んでしまった場合、

後任には誰が最適でしょうか。」

劉邦 「曹参に任せるがよい。」

呂后 「平陽侯も高齢です。その次は誰が良いのでしょうか。」

劉邦 「その後は王陵が良い。しかし少し能力が足りないゆえ陳平に補佐させると良い。

陳平は知恵に長けているが、単独では任せられない。

周勃は性格は重厚であるが学が無い。

しかしながら劉氏を安泰にする者は必ず周勃であり、太尉にするべきである。」

呂后 「それでは、その次の相国は・・・」

劉邦 「その後のことはお前の知るところではない。」



周勃は軍首脳として引き続き恵帝・呂后に仕えることとなった。


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