第二話:窮鳥懐に入る


平原君の称号を貰った朱建は、母を始め一家そろって長安に移された。

朱建の名は都でも評判となった。

当時、権力を握っていた呂后にくっついて権力を欲しいままにしていた審食其(しん・いき)は、

朱建の評判を聞き交際を求めたが朱建は会おうともしなかった。


しばらくして、朱建の母が亡くなった。

朱建には財産が無く葬具も買えないので、

葬式を行うことができずに喪を発表することもできなかった。

仕方なく、朱建は他人から葬具を借りて葬式を行おうとした。


朱建と仲のよかった陸賈は、審食其を訪問して言った。

陸賈 「おめでとうございます。

平原君(朱建)の母親が亡くなりました。」

審食其 「??平原君の母が亡くなったことが、どうしてめでたいのだ?」

陸賈 「以前あなたは平原君に交際を求め、断られました。

彼は母親がいたため、道を守ってあなたを拒んだのです。

今、彼の母親はこの世を去りました。

もし、あなたが手厚く弔慰なされれば彼はあなたに一身を捧げるでしょう。

彼はそんな男です。」

審食其 「なるほど。わかった。」


審食其は黄金百金を持って弔問に訪れ、朱建にその金をすべて渡した。

それを見た他の列侯・貴人ら弔問客も負けじと香典を贈ったために、

朱建の母の葬式で、総計五百金が集まった。


朱建はこのことを密かに恩に着ていたが、あまり表面には出さなかった。

あるとき審食其は讒言され、激怒した恵帝は審食其を獄に下し殺そうとした。

また、大臣らも普段から審食其の高慢な振る舞いを憎み嫌っていたので、

誰もが「いいザマだ。」と思っていた。

審食其を可愛がっていた呂后もとりなせなかった。

審食其は切羽詰って、苦し紛れに使者を遣って朱建に助けを求めた。

しかし朱建は、「あなたの裁判が切迫しているのでお目にかかることはできないでしょう。」

と突っぱねた。

審食其は裏切られたと思ったが、どうすることもできなかった。


その頃朱建は恵帝が寵幸する少年・こう(こう)と会っていた。

朱建はこう少年に説いた。

「君が陛下に愛されていることを知らぬ者は誰一人いません。

辟陽侯(審食其)は呂后さまに寵愛されているにもかかわらず、讒言され殺されようとしています。

世間では道行く人までが、君が辟陽侯を貶める為に謗ったと噂しています。

もし辟陽侯が殺されたなら、次に殺されるのは君です。呂后は君を放っておかないでしょう。

君はすぐに陛下の元へ行き、辟陽侯の為にとりなすべきです。

陛下が君の懇願をお聞き入れになり辟陽侯が助かれば、呂后は大いに喜ばれるでしょう。

そうすれば二人の主から好かれることになり、君の富と位は二倍にもなるでしょう。」


こうは非常に恐れ、朱建の言った通りに恵帝に進言した。

恵帝はこうの意見を聞き入れ、審食其を釈放した。

また呂后も喜び、恵帝死後もこう少年は誅殺されなかった。



審食其は裏切られたと思い込んでいたが、朱建の計略が成功し、

自分が釈放されてはじめて朱建の行いに驚き、敬服したという。


「窮鳥、懐に入る」とはこのことであろうか。


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