第七話:ジェノサイド




かつて秦は辺境防備や労役で人民を酷使し、天下の民は困窮した。

辺境守備の監督や労役監督は、厳罰主義で無道暴慢な振舞いが多かった。


楚兵はその怨みを忘れていなかった。

函谷関へ向かう道中、降伏した秦兵を奴隷扱いし激しく罵声を浴びせ、

暴力事件、殺傷事件が多発し、

上官もそれを取り締まれないばかりか、煽動している者すらいた。


秦兵はみな密かに叛意を抱き、内密に会合を開いた。

「我々はどうなるのであろうか?もし項羽が秦を滅ぼせなかったら、

我々はそのまま楚の地に連行され、故郷には二度と帰れなくなる。

それに我々の父母妻子はみな誅殺される。

ならば、いっそ反乱を起こそうではないか。

傲慢な楚人に思い知らせてやろうではないか!」


しかしこの密談の内容を、項羽が張り巡らせた情報網がキャッチした。

項羽は驚き、黥布を呼んで対応を命令した。

「秦兵は20余万もいて、我々よりも多い。咸陽に突入したあと反乱を起こされてはたまらない。

いま、全員殺してしまったほうがよいだろう。

今日の秦兵の宿営は後ろが崖になっているところにさせろ。

そうしておいて、深夜にお前が秦陣営に夜襲をかける。これで秦兵20万は消える。

ただし、章邯・司馬欣・董翳だけ助けたい。彼らは賢人である。」

黥布はこの大虐殺計画を聞いて恐れ慄いたが、従わざるを得なかった。


深夜、黥布は三方から熟睡中の秦兵を包囲した。

黥布軍は一斉に喚声をあげて秦陣営に突入した。

秦兵はパニックを起こし、何がなにやら判らぬままに人波に押し流され、

気付くと谷からまっ逆さまに転落し、死骸となった。

たった数十分で20余万の人間が殺された。

楚軍は数日かけて死骸に土をかぶせて隠し、ジェノサイドは完成した。



翌朝、章邯が起きてみると苦楽を共にしてきた配下の兵すべてが消えていた。



秦に忠義を尽すも猜疑され、

楚に屈しては人生すべてを賭けたものを奪われた。

殺された秦兵20余万人の家族は、秦で家長の帰りを今か今かと待っている。



章邯は茫然自失、発狂寸前であった。


しかし、彼は生きた。屍のように。


彼は項羽と共に咸陽に入り、

楚兵が咸陽を略奪し婦女を暴行強姦するのをただただ呆然と見た。

咸陽は項羽によって放火され、すべてが灰燼に帰した。



項羽の論功行賞で、章邯は領土を持つ雍王に任命された・・・


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