第五話:項羽に敗れ・・・ 章邯は反乱軍討伐をこの鉅鹿で終らせるつもりで、 各国の反乱軍すべてが集結するのを待っていた。 張耳の救援要請を受けた反乱軍の中で、楚軍は最も遅く鉅鹿に着いた。 指揮官は項羽であった。 楚軍は黥布に命じて黄河を渡らせ、秦軍の甬道を攻撃させた。 黥布はたった二万の兵を率いて突撃し、甬道を破壊した。 しかし秦軍は数十万の多勢であり、黥布軍は押し返された。 そのとき、項羽が楚全軍を率いて鉅鹿に現れ、 包囲軍大将の王離の軍に項羽自ら先頭にたって突撃をした。 楚軍は寡少であったが、みな奮い立ち、雄叫びは天に轟き、楚兵一人で十人の秦兵を倒した。 将軍の蘇角は乱戦の中で戦死し、渉間は焼身自殺し、大将の王離は捕虜となった。 秦軍を恐れて陣地に籠っていた各国反乱軍は、楚軍の凄まじい勇猛さに驚愕し、 みな自ら進んで項羽の配下となった。 項羽はこうして反乱軍総大将となった。 棘原に布陣していた章邯は、このあり得ぬ敗報を聞き愕然とした。 鉅鹿で反乱軍は全滅するはずではなかったのか、と。 そんなとき、項羽が章邯軍の前面に疾風の如く陣を布いて対峙した。 兵卒はみな動揺し、小競り合い程度の戦闘でしばしば退却するほどであった。 遥か彼方の咸陽にいる二世皇帝にもこの報は伝わり、二世は章邯を叱責する使者を送った。 章邯は恐れ、司馬欣(しばきん)を使者として咸陽に送り、二世からの指令を請わせた。 ここで、秦政府の腐敗ぶりを語らなければならない。 二世胡亥は、宦官の趙高を信用し政治をすべて任せた。 趙高は秦崩壊の危機を知っていたが、情報操作して人々には知らせず、 二世を後宮に篭らせ政治に関与させず、右丞相馮去疾・左丞相李斯・将軍馮劫を殺した。 それ以外の有力な家臣はみな排斥されるか殺された。 そして自らの権力を試す為、二世の前に鹿を引き出し「コレは馬です。」と言った。 群臣には、「これは馬ですぞ。」と趙高に阿諛する者もあれば、 「これはどう見ても鹿です。」と事実を言う者もいた。 趙高は、「これは鹿です。」と言った者すべてを捕え誅殺した。 これ以降、秦の宮中は恐怖に包まれ、誰一人として趙高に反対する者はいなくなった・・・。 そんなときに、章邯の使者・司馬欣が咸陽に到着したのである。 趙高は、「司馬欣を二世に会わせたら今までの悪事が全て暴露される。」と焦り、 司馬欣を無理やり法に引っかけ殺そうとした。 司馬欣は長史(三公の属官)で法に詳しく、趙高の意図を察知した。 彼は一目散に逃亡し、裏道を通って棘原の章邯のもとへ辿り着いた。 趙高は追手を差し向けたが、一般道を使ったために捕捉することはできなかった。 章邯のもとへ逃げ帰った司馬欣は泣きながら言った。 |
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司馬欣 | 「もう、秦はおしまいです。 趙高が政治を壟断し、滅茶苦茶になっています。 章邯将軍は、勝利をおさめても誅殺され、敗北しても誅殺されます。 将軍は、もう前にも後ろにも進めないのです。 どうか熟慮なさってください・・・。」 |
章邯 | 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・わかった・・・。私もよく考えてみる。 さがって休め。・・・・・・・・・・。」 |
その数日後、楚軍に身を置いていた陳余から手紙が送られてきた。 |
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陳余 | 「今あなたは都を遠く離れ大軍を率い、そのために趙高はあなたを敵視しています。 趙高は、自らの失政で国が滅びる寸前となり、 二世から処罰を受けるのではないかと恐れ、 あなたにその罪をなすりつけて誅殺しようとしています。 あなたは功をたてても誅され、功が無くても誅されるでしょう。 今の将軍の現状では、宮廷内に駆け込んで二世を直諌して是正させることもできず、 外で亡国の将軍となろうとしています。 ただ一人、亡国のために孤軍奮闘し、孤独を極めています。 哀しいことではありませんか。 なぜ私達と共に暴虐な秦を滅ぼさないのですか。 秦を滅ぼし、その地の王になろうではありませんか。 それとも、亡国のために尽くし、腰斬の刑で誅殺されるほうがいいのですか。」 |
章邯 | 「(私は、・・・一体どうすればよいのだろう)。」 |
章邯は自分の運命を悟り、ひとり苦悩した。 今まで、秦のために精一杯戦ってきた。それは間違いだったというのか。 自分の生まれ育った秦は、天に見放されたのか。 自分に従い、戦死していった人たちは一体何のために死んでいったのか。 死んでいった人たちにどう詫びればいいのか。 反乱軍討伐を自ら志願したのは、自分の才能を試してみたかったからではないのか。 忠誠心とは一体何なのか・・・。 こうしている間にも章邯軍は退却を繰り返し、項羽軍の士気は益々揚がっていった。 遂に章邯は結論を出した。 項羽に使者を送り、降伏する意思を告げた。 項羽は章邯の降伏を受け入れた。 |