第七話:劉邦の疑念


関中・漢中は大飢饉から脱し、人々は豊作を喜び蕭何を讃えた。

そして未だ飢饉に苦しむ中原へ穀物を渭水・河水を使って次々と輸送し、

劉邦軍の食料を補給し続けた。

劉邦は戦に弱く、何度も軍を失って、もしくは軍を捨てて逃げ惑ったが、

そのつど蕭何は三秦・漢中・巴蜀で兵を徴発し、劉邦軍を立て直した。

度重なる民間からの兵徴発にもかかわらず、三秦・漢中・巴蜀では蕭何を怨む者はいなかった。

彼はそれほどまでに人々の心を掴んでいたのである。


しかし、留守を任せている蕭何が人心を掌握していると聞くと、

劉邦は密かに蕭何を疑い始めた。

項羽と陽で対峙しているとき、劉邦は度々使者をだして蕭何を慰労した。

蕭何は、あまりにも何度も慰問の使者が来ることを訝しみ、密かに恐れを抱いた。

そのとき、蕭何の客であった鮑生(名は不明)が蕭何に進言した。


鮑生 「漢王は戦場で風雨に晒されながらも、度々使者を出してあなたを慰労するのは、

あなたが反乱を起こすのではないか、と疑っているからです。

あなたは今すぐ自分の子・孫・兄弟のうち軍務に耐えうる者を

すべて戦地に行かせないと、あなたの身が危険です。

あなたの一族がすべて漢王の下に行けば、漢王はますますあなたを信頼し、

誅殺の憂き目を見ずにすむでしょう。」

蕭何 「・・・・・・・・・。そう・・・ですか。

私はそこまで疑われているのですか・・・。

でも仕方がありませんね。私の権力は誰よりも強い。

漢王が疑うのも当然かもしれません・・・。」

鮑生 「丞相・・・・・・。そんなに落ち込まないでください。

あなたの誠実さは漢王が一番よく知っているのです。

いま、漢王は関中を何年も留守にしているため、ふと疑念がわいたのでしょう。」

蕭何 「わかりました。

あなたの仰る通り、私の一族はすべて漢王に従軍させましょう。

そうすれば、漢王も安心して項羽と戦える。

鮑先生の進言、ありがたく受け止めます。」


蕭何の一族の男子はみな戦場へ向かった。

三秦に残ったのは、蕭何・一族の女・子どもだけとなった。

劉邦は非常に喜び、蕭何への疑念は一時的に解けた。



一見、劉邦の性格は寛容で明朗な感じを受けるが、蕭何伝を読むとそうではないことが判る。

疑い深く、なかなか人を信用できない暗い一面が窺える。

しかし、蕭何は彼の猜疑心を打ち破るほどの誠実さを持っていた。


その話はまた後で・・・


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