劉邦は秦を滅ぼしたが、功績はすべて最高権力者の項羽に譲った。 項羽は劉邦の勢力を閉じ込めて弱体化させようと、 僻地の漢王に任命し、都を南鄭にするよう命令した。 劉邦は素直に命令に従い、漢中に向かった。 韓信はこのとき項羽を見限り、漢軍に投降した。 夏侯嬰は韓信と語り合ってみて大いに気に入り、劉邦に韓信を推挙した。 しかし劉邦は韓信の才能がよくわからず、見当外れの治粟都尉(ちぞくとい:食料管理の役人)に任命した。 蕭何は部下に新しい人材が加わったということで、歓迎の気持ちをこめて韓信と語り合った。 話し合ううちに蕭何は韓信の才能に驚き、 「韓信は国家的人材である。私が求めてやまなかった人材が幸運にもやって来た。」 と喜ぶに至った。 そして、韓信を将軍として用いるよう劉邦にたびたび推挙した。 しかし劉邦は韓信の才能が理解できず、重く用いつもりはなかった。 蕭何は韓信を慰めた。 |
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蕭何 | 「韓信どの。私はお上に度々あなたのことを推挙しているのだが、 まったく取り合ってもらえないのだ。 夏侯嬰どのもあなたを強く推挙しているのだが・・・。 お上は僻地に飛ばされて、精神的に参っているのかもしれない。 だが、あなたは漢には絶対必要な人材です。 これからもお上に強く推挙して、必ずあなたが用いられるよう努力します。 貴殿は治粟都尉などという下っ端役人の才ではありませんから。」 |
韓信 | 「ありがとうございます。 私が項羽の下にいたころは、誰も私の才能を評価してくれませんでした。 しかし、漢に来ると国を一手に治める丞相が私を評価して下さいます。 きっと近い将来、漢は大きくはばたくでしょうな。はっはっは。」 |
しかし、言葉とは裏腹に韓信は逃亡するつもりだった。 国の政治を全て任されている蕭何と、劉邦の護衛で絶大な信頼を寄せられている夏侯嬰が 推挙してくれているのにも関わらず、劉邦は自分を重用する気はないという。 ならば、自分の才能を発揮できる場を求めて、旅立つしかないではないか! 一方、蕭何も韓信の表情から失望を読み取り、逃亡するのではないかと密かに恐れた。 蕭何は韓信の動向を密かに探っていた・・・。 韓信は暫くすると、あっさり逃亡した。 蕭何はこのとき自宅にいたが、韓信逃亡と聞くとたった一人で後を追った。 もう眼中には劉邦のことなど無かった。彼は無断で自宅から姿を消した。 ちょうどこの頃、将たちが相次いで逃亡するという事態が発生して深刻な問題となっていた。 将たちはみな、「我々は漢中などという僻地を求めて劉邦に従ってきたわけではない。」と 故郷目指して逃げてしまったのである。 劉邦のもとには毎日のように、「何某が逃亡しました。何某も姿が見えません。」と報告が入った。 あるとき、その報告者が顔を真っ青にして劉邦のもとに駆け込んできた。 「丞相の蕭何が逃亡しました!!」 劉邦は目の前が真っ暗になった。 劉邦は蕭何無しでは自分は何も出来ないことを知っていた。 だからこそ蕭何には漢の国政をすべて任せ、王の権力を全て譲渡してきたのである。 劉邦は激怒したり、悲しんだりと精神的に滅茶苦茶になって取り乱した。 司馬遷の記述に沿って言えば、「ガッカリして両手を失ったようだった。」である。 劉邦は毎日酒びたりとなった。 一方、蕭何は韓信を追いかけて漢中を駆け回っていた。 やっとの思いで韓信を見つけると、蕭何は韓信を詰問した。 |
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蕭何 | 「なぜあなたは黙って逃げたりするのです。 一言私に言ってくれてもよいではありませんか・・・。」 |
韓信 | 「すいません、蕭何どの。 一介の浮浪者あがりの私をそこまで評価して下さっていること、知りませんでした。 しかも、丞相たった一人で追いかけてくださるなんて・・・。感激です。 しかし、私は用いられないと判ったので逃げただけです。 決して蕭何殿の好意を忘れての行為ではありません。」 |
蕭何 | 「もう一度、南鄭(当時の漢の都)に戻ってはくれませんか。 もし漢王が韓信殿を用いないなら、私も故郷に帰って隠棲します。 共に逃亡しましょう。」 |
こうして、蕭何は大きな決意を持って韓信と南鄭へ還った。 蕭何は劉邦に面会を求めた。 劉邦は蕭何が戻ってきたことに驚き、すぐさま招き入れた。 劉邦は喜んだり、怒ったりと、ほとんど度を失った。 |
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劉邦 | 「蕭何、なんで俺に断りもなく逃げたんだ! お前といえども、返答しだいによっては許さんぞ!」 |
蕭何 | 「漢王よ、落ち着いてください。わたしが逃げたりするものですか。 わたしは逃げた者を追いかけていたのです。 無断で外出したことは許してください。」 |
劉邦 | 「そうだよな。お前が逃げるはずがないな。はははは。 俺が取り乱していたようだ。うんうん。 で、誰を追っかけていたのか?」 |
蕭何 | 「韓信です。」 |
劉邦 | 「は?韓信? むむむ、おまえは・・・嘘をつくか!!やっぱり俺を見限って逃げようとしたんだな! 今まで何十人もの将が逃げたが、お前は誰一人として追いかけなかった。 なのに韓信を追いかけたというのは嘘に決まっておる!」 |
蕭何 | 「落ち着いてわたしの話を聞いてください。 将校連中などは何十人逃げても惜しくも何ともありません。 戦争に勝てば、いくらでも手に入ります。 しかし、韓信級の人材となるとそうはいきません。 彼は国家的人材であり、天下に二人といない人物です。 漢王さまがこの僻地で一生を終わらせるつもりなら、韓信は不必要でしょう。 しかし項羽と天下を争うつもりなら、韓信以外に軍事を任せられる人材はおりません。 漢王は、このまま見知らぬ土地で朽ち果てるのか、 それとも天下に君臨するのか、どちらを選びますか?」 |
劉邦 | 「むっ・・・・・・(今日の蕭何は鬼気迫る勢いだ。今まで見たこともない形相だ・・・)。 そっそれは、進撃して項羽を破るのが望みに決まっているではないか。 こんな所で朽ち果てるつもりはない。」 |
蕭何 | 「ならば、韓信を充分に用いてください。 そうすれば韓信も漢に留まり、活躍するでしょう。 もし用いないのであれば、結局彼はまた逃亡するでしょう。」 |
劉邦 | 「そっそうか・・・ (蕭何も韓信と一緒に逃げるというのか?それは困るなぁ。蕭何がいないと何もできんからなぁ・・・) では、あなたのために韓信を将軍に任命しよう。」 |
蕭何 | 「そんな安っぽい地位では韓信は逃げてしまいます。」 |
劉邦 | 「でっ、では、大将しかないではないか。 韓信を大将に取り立てれば、あなたも残ってくれるのか?」 |
蕭何 | 「はい。韓信を大将にしてくださるのですね。 ありがとうございます。」 |
劉邦 | 「わ、わかった。では韓信を大将にしよう。 おーい、そこのお前。韓信を呼んで来い。大将に任命すると伝えろ。」 |
蕭何 | 「ちょ、ちょっと待ってください。 漢王さまは日ごろから傲慢で礼儀がなさすぎますぞ。 ガキに食い物を与えるように韓信を呼びつけますが、 そんなことをしたら韓信は逃げ去ります。信頼関係を結ぶには、無礼は禁物です。 才能ある人物は、それを聞いただけでも辟易するでしょう。 人材を集めるためには、少しは礼儀が必要ですぞ。 韓信を大将に任命するには、吉日を選んで身を清め、 高い台を造り、儀式を整えることが必要です。 そうしなければダメです。」 |
劉邦 | 「わ、わかった。張蒼・![]() わしは礼儀と聞くだけでイライラするからな。全部任せる。」 |
こうして韓信は、蕭何の強要によって大将に任命された。 劉邦は半信半疑だったが、蕭何惜しさに要求を呑んだ。 しかし、蕭何の目は確かだった。 このあと韓信は三秦を奪う策を献じ、章邯を自殺させ司馬欣・董翳を捕え、 金城湯池ともいえる三秦をあっという間に制圧した。 そして、項羽に負け続ける漢軍のなかで無敗を誇ることとなる・・・ |