最終話:匈奴に死す


馬邑は匈奴の大軍に囲まれた。

韓王信は防備もあまりしていなかったので観念し、講和を結ぼうと必死になった。

講和の使者を度々匈奴陣営に送ったが、うまくいかなかった。

韓王信は劉邦に「匈奴侵攻す」と急報していたので、漢軍が救援に来ることになっていた。

しかし、それが彼の運命の明暗を分けた。


漢の救援軍は匈奴と韓王信の使者の行き来を見て、

「韓王信は内通の支度をしているのではないか?」と疑ったのである。

問責使が韓王信のもとに来た。

韓王信は絶望した。匈奴に囲まれた上、味方にも疑われた。

もう居場所がない・・・。

彼は、匈奴に降った。


それから五年の間、韓王信は匈奴の将軍として大いに働いた。いや、働かされたのだろう。

辺境地域に出没し、略奪し、人を殺した。

しかし、漢帝国も黙って見過ごしているわけにもいかなかった。

帝国の威信をかけ、柴武将軍に韓王信を討たせることとなった。

韓王信は味方に疑われ絶望して匈奴に降ったということを柴武は知っていた。

柴武は韓王信に手紙を書いた。


あなたが絶望して匈奴に降ったことは、陛下も知っております。

陛下は寛大で情け深いお方です。帰参すればそれなりの爵位と領地も貰えます。

絶対、刑殺はされません。あなたは、別に戦争に負けたわけでもなく、大きな罪はありません。

早く、自分から帰参なさいませ。


韓王信は元同僚からの書を読み、その気持ちに感動し涙を流し返書を書いた。


陛下は私を平民の住む裏町から引き上げ、王の位を与えてくださいました。

これは陛下から頂いた大きな幸運でした。

しかし、けい陽では命を惜しみ死ぬことができず、項羽に捕らえられました。

これが第一の罪です。


そして匈奴の侵略を支えきれず、城を明け渡して降伏してしまいました。

これが第二の罪です。


さらに今は匈奴の為に兵を引き連れ、あなたと戦うことになってしまいました。

これが第三の罪です。

昔、大夫種と范蠡は越国を盛り立てのに、殺されたり逃亡したりしなければなりませんでした。

彼らには罪は一つも無く、功績だけがありました。

私めは三つもの罪を抱えながら、まだ生き長らえようとしております。

私は山谷に逃げ隠れ、毎日蛮人どもに物乞いしている始末です。


「漢に帰りたい」という私の気持ちは、

歩けない人が「立ち上がって歩きたい」と一生思い続ける気持ちと同じです。

光を知らない盲人が「目をあけて光を見たい」と一生思い続ける気持ちと同じです。


ただ、これまでの成り行きでどうしようもないのです。


韓王信は涙を流しながら書の封を閉じた。

柴武は、彼の気持ちを受け取った。


韓王信は戦いに負け、柴武将軍に斬られた。

紀元前196年のことだった。


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