劉邦は魏無知を叱責した。 「お前は陳平をわしに推挙したが、あの男は移り気な上に貪欲だというではないか。 賄賂を取っていると、もっぱらの噂だぞ。しかも陳平は平民だった頃、嫂と密通したというではないか。 わしはそういう不義の輩を用いる気はない。 お前はそれを知っていながら、何故わしに陳平を推挙した?」 魏無知は静かに言った。 「私は陳平の才能を漢王に推挙したのです。道徳家を推挙した訳ではありません。 今の逼迫した漢軍の状況を考えますと、 いにしえの尾生や孝己のような道徳家が漢軍にいても、何の役にも立ちません。 私は、今すぐに役立つ策略を献ずることの出来る策略家を推薦したのです。 嫂と寝たとか賄賂を受け取ったとか、才能とは全く関係ありません。」 劉邦はこれを聞いて、 「うーむ、魏無知の言うことは正しい。しかし賄賂を取るような男は、 たとえ才能があってもいつか漢に仇をなすだろう。噂が真実なら陳平を追放しよう。」 と考え、陳平を呼び出した。 召喚命令を受けた陳平は印綬・金品をまとめてから劉邦のもとへ出頭した。 |
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劉邦 | 「陳先生は魏に仕えてうまくいかず、次に楚に仕えたがそこでもうまくいかず、 最後に漢に来られた。信義ある者ならばこれほどに心を変えるであろうか。」 |
陳平 | 「私は魏咎に仕えましたが、彼は私の献策を用いることができませんでした。 私は失望し魏を去り項羽に仕えたのです。 彼なら私の意見に耳を傾けるに違いないと思いました。 しかし項羽は一族か妻の兄弟のみを信用し、 私のような者の意見を聞く気はありませんでした。 彼は人を信用することができないのです。 挙句の果てには、私は罰せられそうになりました。私は深く失望し、楚を立ち去りました。 そんな時、漢王は人の才能を充分用いるとの噂を聞き、帰順しようと心に決めました。」 |
劉邦 | 「・・・なるほど・・・。では、賄賂の一件は真実なのか?それとも単なる噂なのか?」 |
陳平 | 「私は漢に投降したものの、丸裸でやって来ました。 軍務を行う金も無く、生活費もありません。 だから私は配下の者から金を受け取ったのです。 賄賂と言われてしまえば賄賂かもしれませんが。」 |
劉邦 | 「うむむ、陳先生に金を融通しなかったのはわしの落ち度であった。すまぬ。」 |
陳平 | 「いえいえ、疑いが晴れればそれでよいのです。 もし私の献策が少しでも有用ならば使って下さい。 しかし、無用であるとお感じになられたら私は即刻漢軍から立ち去りましょう。 すでに配下から受け取った金と漢王から頂いた印綬は封をしてまとめてあります。 私はすぐにでも金と印綬を返し、暇をもらい故郷に帰ります。」 |
劉邦 | 「いやいや、疑ってすまなかった。 私はつまらぬ讒言を信じ、あやうく大賢人を失うところであった。 これからは陳先生を重く用いることに決めた。 先生を護軍中尉(全軍を監察する役職)に任命する。」 |
こうして劉邦は陳平の才能を認め、大金を下賜し、全ての将軍を監督させることにした。 これには古参の将軍達も参り、もう何も言おうとしなくなった。 陳平はやっと才能を認めてくれる人間と出会ったのである・・・ |