第六話:鬼謀



陳平が護軍中尉に任命された後、項羽は漢軍を急襲し陽城を厳重に包囲した。

その上、甬道(防壁で覆われた兵糧補給路)を遮断して漢軍を兵糧攻めにした。

楚軍の包囲は半年以上に及び、餓死者が次々とあらわれた為、

劉邦は項羽に和睦を申し入れたが軍師范増が猛反対したために包囲はさらに厳しくなった。

劉邦は切羽詰り陳平を呼び出した。


劉邦 「今、我が軍は厳重包囲されいつまで持ちこたえられるかわからん。

項羽との戦、いつになったら決着がつくのであろうか?」

陳平 「では、最初に項王の性格について考えましょう。

項王は礼儀正しく思いやりに満ちています。

だから誇り高き士や礼を好む士は殆んど項王の元に投じます。

ところが項王は爵位・領地を褒美として与える段階になると、極端にケチになります。

それゆえ有能の士は項王に懐かず、中には不満を持っている者もいるでしょう。

一方、漢王さまはゴロツキのように傲慢で礼儀に欠けておられますな。

それゆえ誇り高き士や礼を好む士はこちらには参りません。

しかし、漢王さまは爵位・領地を気前良く与え物惜しみなさらないので、

節義のない者・利益に敏感で恥知らずな者がたいがい漢に帰順いたします。

もし、漢王さまと項王の欠点を無くし、長所を併せたならば天下は簡単に定まるでしょうな。

いま項王の欠点の中で、ケチということを申しました。

それを利用して楚に内乱を起こすことができます。

項王の頼りとする家臣は数人しかおりませぬ。范増鍾離眛竜且周殷の四人です。

この四人は実質褒賞されておらず、タダ働き同然です。そこに付け込む隙があります。

『功績が多いのに王にもしてもらえないから密かに漢王と通じて叛心を抱いている』

とデマの噂を楚陣営にばら撒くのです。

項王は異姓の者に対しては疑い深く、讒言も簡単に信じるでしょう。

そうすれば内輪もめが起こり、殺し合いになるかもしれません。

その混乱に付け込み、一斉に攻撃すれば漢が勝つでしょう。」

劉邦 「なるほど、それはいい策だ。しかし噂を敵陣にばら撒くには金が必要だろう?

単なる噂話ではすぐに消えてしまうからな。

説得力を持って噂を語らせるには楚兵達に金を握らせた方がいいだろう。

こういうことは金次第で決まるといっても過言でなかろう。

陳平には黄金四万斤(約10トン)を与える。

黄金の使い道は一切聞かぬ。思い通りに使ってよい。頼んだぞ。」

陳平 「ははっ。必ずや離間の計、成功させます。」


こうして陳平は、間者(スパイ)に大金を持たせ楚軍に潜入させ、金をばら撒きつつ噂を言いふらせた。

「将軍鍾離眛らは項王の下で功績を重ね、楚軍の重鎮である。

しかし、ケチな項王が領地を割いて王位を与えることはあるまい。

だから鍾離眛らは漢王と密かに通じ、内乱を起こして項一族を滅ぼし、

漢王から土地を貰って王位につこうとしている・・・」


案の定、項羽は陳平の離間の計に引っ掛かり、

范増・鍾離眛・竜且・周殷を疑い信用しなくなった。

項羽は疑心暗鬼になり、

「漢陣営の様子を見れば謀反の用意をしているかどうか判るに違いない。」と思い、

陽城に使者を派遣して様子を窺わせた。


陳平は、こうなることは百も承知だったので次の策略を実行した。


楚からの使者が来ると劉邦自ら接待し、太牢(たいろう:牛・羊・豚の肉が入った最高の料理)のごちそうをつくり、

その上、大鍋やまな板まで持ち出し即席で好みの料理を提供する演出までした。

しかし、使者が項羽から派遣されたことを知ると急に態度を荒々しくし、

「なんだ、お前達は項王からの使者か。わしはてっきり范増老人からの使者だと思っていた。」

と偽って驚いてみせた。

そして今まで出した太牢のご馳走や大鍋・まな板をすべて片付けさせ、

替わりに粗末な食事を使者に勧めた。

なんともきめの細かい策略である。


使者は項羽の元へ帰ると、陽城で起こったすべての事実を報告した。

果たして項羽は范増を深く疑った。

偶然その直後、范増が項羽に陽城を急襲することを進言した。

項羽はもう范増を信用していなかったので、進言を却下した。

そして次第に范増から軍師としての権限を取り上げていった。

范増は、項羽が自分の忠誠を疑っていると聞くと激怒し、引退を決意し項羽に別れを告げた。

「天下は定まったも同然です。あとは我が君一人でできるでしょう。

私は老齢ゆえ、もう故郷に帰らせていただきます。」

そして項羽からもらった印綬・金品を全て返し、その日のうちに楚軍から去った。

范増は故郷に辿り着く前に、背中に出来た悪性の腫瘍が破裂し死んだ。


陳平は軍師范増を除くことには成功したが、またさらなる策を練らねばならなかった。

陽城の兵糧がついに底をつき、落城が必至になったからである・・・


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