第二話:奇貨居くべし その一


呂不韋は子楚を一目見て気に入り、「奇貨居くべし(この珍しい品は貯えておくべきだ)」と思い言った。

呂不韋 「わたくしは、あなたさまの家を栄えさせることができますが。」

子楚 「ははは。まずは、あなた自身の家を大きくしてからだ。私の家はその後だ。」

呂不韋 「いえいえ。判っていらっしゃらぬようですな。

わたくしの家は、あなたさまのお蔭で大きくなるのです。」

子楚は呂不韋の言わんとすることがわかった。

当時、秦では昭王の太子が死に、次男の安国君(名は柱。子楚の父。後の孝文王)が太子となった。

安国君は愛する寵姫を正室とし華陽夫人と号させたが、子が無かった。


子楚は呂不韋を奥へ案内し、密談した。

呂不韋 「現在秦王さまは高齢で、安国君が太子の座に就かれました。

噂によると、太子さまは華陽夫人を寵愛なされていますが、お子が無いとのことで、

太子さまの跡継ぎ(皇太孫)は華陽夫人がお定めになると伺っております。

今、あなたさまにはご兄弟が二十数人。

しかもあなたさまは安国君の十数番目のお子で、長い間異国で人質となっており、

はっきり言ってあなたさまに対する安国君の愛着は期待できません。

万が一、秦王が亡くなられたら、あなたが太子になることは難しいでしょう。」

子楚 「・・・・その通りだ。どうすればよいか。」

呂不韋 「あなたさまは異国で貧しくお暮らしですから、父の安国君に贈り物をしたり、

朋友や名士の方々とお付き合いする余裕がありません。

そこで、わたくしが千金を持って秦へ行き、安国君と華陽夫人に取り入ります。

そしてあなたさまが世継ぎとなられるよう働きます。」

子楚 「おお!ありがたい。そのお考え通りになった暁には、秦国はあなたと二分しましょう。」


呂不韋は五百金を子楚に与え、諸侯や名士と広く付き合わせ名を高めさせた。

自分でも五百金をつぎ込み、珍奇な宝物や女性の喜びそうな品などを買い込み秦へ向かった。

秦へ到着すると華陽夫人の姉に目通りを願い、五百金で買込んだ品を全て華陽夫人に献上した。

そして、子楚が英明であり、諸侯・名士と広く付き合っていることを詳しく言上し、

華陽夫人を天と母と崇め、日夜安国君と華陽夫人のことを思い涙していることも併せて言上した。


華陽夫人は莫大な贈り物を受け取り、さらに姉からこの話を聞き、

「子楚は、遠く趙の空から私のことを思ってくれているのか。」と非常に喜んだ。


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