第五話:前線復帰


秦王政は頻陽にある王翦の自宅まで出かけ、詫びて言った。

秦王政 「わしが王将軍の意見を軽んじたために、李信は我が軍に大恥をかかせた。

(楚)は西へ向って進撃を続けている。

将軍の病気はわかるが、まさかわしを見捨てるつもりではあるまいな。」

王翦 「臣は老いぼれ、病み衰え昏乱しております。

なにとぞ別の優秀な大将をお選び下さい。」

秦王政 「将軍、それは言わないでくれ。すまぬことをした。」

王翦 「臣を用いて荊を破ろうとお考えならば、

やはり六十万の兵がなければ無理でございます。」

秦王政 「将軍の考え通りにする。」

王翦は半ば秦王政に引きずられるようにして隠棲していた頻陽から出た。


王翦が兵を率いて出発すると、秦王政は自ら覇水のほとりまで見送った。

王翦は別れ際に政に言った。

王翦 「大王さまにお願いがあります。

臣の財産は、子孫に残すには少のうございます。

良い田畑、屋敷をたくさん賜りたくお願い申し上げます。」

秦王政 「はっはっは。何を言われる、将軍。

さあ行かれるがよい。貧乏の心配は無用だぞ。」

王翦 「いえいえ。

大王さまの大将になった者は、手柄があっても封じられませぬ。

それゆえ臣ごときにまでお目をかけられる始末になりました。

今こそ、大王さまに財産をおねだりする時なのです。」

秦王政 「はっはっは。わかったわかった。」


王翦はしつこかった。

武関を出るときに秦王に使者を走らせ、「良い田畑」を賜わるように念を押させた。

敗残の李信らの籠もる城塞に到着するまで、使者を遣わすこと五度に及んだ。

秦王政も、「老将軍もしつこいのう。」と思ったであろう。

それは王翦の部下も一緒だった。

信任されている部下の一人は、老いて本気で物欲に駆られているのかと思い王翦を諌めた・・・


HOME 第六話