第三話:隠棲

王翦が中山に駐屯して燕を圧迫している間、秦王政は邯鄲まで来た。

政は母の一族と怨恨のあった者をことごとく捕らえ、穴埋めにした。

王翦はこの暴挙を聞き、何を思ったのか伝わっていない。

しかし彼は政という男の難しさを知ったに違いない。

彼の晩年の老獪さはこのあたりに起因するのかもしれない。


滅亡した趙の公子・嘉は一族数百人を引きつれて代へ行き、燕と同盟して上谷に陣を張った。

が、これは小規模な勢力であり軽い存在であった。



秦王政二十年、燕は遂に圧力に耐えられなくなり太子丹は荊軻を送りこみ

秦王政を刺殺しようと謀った。しかし暗殺は失敗。どう見ても悪あがきである。

激怒した秦王政は燕を攻撃するよう、中山に駐屯していた王翦に命令した。


燕・代連合軍は先に攻撃を仕掛けてきたが、

王翦は易水(川に沿って燕長城があった)の西でこれを破った。

翌年、息子の王賁に命じて燕都薊を攻撃させ、これを陥落させ

若手の将軍李信が太子丹の首を手に入れた。燕王喜は遠く遼東まで逃れた。


王翦は燕の軍事力をほとんど消滅させ、咸陽へ帰還した。

北方の脅威は無くなり、残るは南方の強国楚と要塞・大梁城に都を置く魏・東の果て斉であった。

秦王政は楚平定に関して、王翦らに下問した。

秦王政 「わしは荊(楚のこと)を攻め取ろうと思っているが、

将軍たちはどれくらいの兵が必要と思われるかな。」

李信 「二十万あれば充分です。」

秦王政 「李将軍は勇ましいの。王将軍はどのようにお考えかな。」

王翦 「六十万でなくては無理でしょう。」

秦王政 「ははは、王将軍も年をとられたな。それほど楚が恐ろしいか。

李将軍は勇壮だ。その言葉に間違いはあるまい。」


言葉が用いられなくなったことに危険を感じた王翦は、老衰し病気であると言い立てて

故郷頻陽に引きこもり隠棲した。国の為に働いた白起らの悲惨な末路を知っていたからであろう。

政は隠棲を止めなかった。すでに息子の王賁が充分な働きをしていたからである。

政は楚を攻撃する前に魏を滅ぼすことを考えていたが、その総大将に王賁を指名した。


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