第三話:知其非庸人也



荊軻は燕国の都・薊(けい)に流れついた。

薊では犬殺し(当時は犬を食った)の男と、

(琴に似た弦楽器。竹のばちで弾く)の名手であった

高漸離が友人となった。

荊軻は元々酒が好きで、毎日のように犬殺しや

高漸離と薊の街を飲み歩いた。

酔いが回って気持ちが昂ぶってくると、街の真ん中で高漸離が筑を弾き、

荊軻が筑に合わせて歌い楽しんだ。やがて感極まって一緒になって泣き出し、

史記の記述を借りると「旁若無人(旁かたわらに人が無きが若ごとし)」であった。


ちなみに、「傍若無人」の故事はここから来ている。

現代の意味とは若干違う。現代では「傲岸不遜」の意味が含まれているか。



荊軻は好んで酒飲みや博徒と付き合っていたが、人柄は冷静沈着で読書を好んだ。

また歴訪した諸国では、その地の豪傑や賢人、長者と交わりを結んでいた。

濮陽から晋陽、邯鄲、薊と渡り歩けたのも、彼が諸国で長者達と親交を結んだからであった。

燕国では田光という処士(才能がありながら官職には就かなかった者)が荊軻を手厚くもてなした。

田光は荊軻が並みの人間ではないことを見抜いていた。


士は己を知るものの為に死すという。

荊軻は田光に身を寄せたが、これが彼の運命を決する。


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