第二話:黙して語らず |
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荊軻は衛を旅立ち、晋陽近くの楡次に立ち寄った。 剣術を好んだ荊軻は、楡次で有名な剣客 蓋聶(がいじょう)の門を叩き、剣術を語り合った。 荊軻と蓋聶の議論は相容れず、 蓋聶は怒って荊軻を睨んで脅しつけた。 荊軻は静かに座を外し立ち去った。 すると蓋聶の弟子の一人が師におもねって言った。 |
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弟子 「先生、荊卿を呼び戻して決着をつけたらどうです。」 蓋聶 「いや。わしは気に食わぬからあいつを睨みつけた。もう楡次にはいないだろう。」 はたして荊軻は馬車に乗り、宿を後にしていた。 楡次をあとにした荊軻は趙の都で大都市であった邯鄲を訪れた。 魯句践という者と知り合い、共にすごろく賭博を楽しんだ。 しかしすごろく盤の道順で言い争いになり、魯句践は怒って荊軻をどなりつけた。 荊軻は何も言わずその場をあとにした。 以後、荊軻は蓋聶とも魯句践とも二度と顔を合わせなかった。 後に、荊軻の秦王(始皇帝)暗殺失敗を伝え聞いた魯句践はこう言った。 「彼が剣術に熟達していなかったことが悔やまれる。 しかし俺もだめなやつだ。荊軻という人間を見抜けなかった。 俺はすごろくの道順を争って彼を怒鳴りつけたが、 あの時荊卿は、『魯句践はたいした男ではないな』と思ったことだろうな。」 |
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すごろく すごろくはこの時代、はやっていたようである。時代は下るが、同じような逸話がある。 前漢の景帝がまだ皇太子だったころ、入朝してきた呉王の太子とすごろく遊びをした。 しかし駒の道順で言い争いになり、皇太子(景帝)はすごろく盤で呉王の太子の頭を殴り、 殺してしまった。 |