第十三話:非長者


韓信は、鍾離眛に言ってしまった。


韓信 「君の首を持って陛下に目通りすれば、陛下はお喜びになり、

わが楚国も安泰だと言う者がおった。

君はどう思う・・・?」

鍾離眛 「・・・私はあなたを見損なった。

劉邦があなたの国を攻撃して領土を取り上げないのは、

私があなたのところに匿われているからですぞ。

もしあなたが私を捕えて漢に差し出し、媚びようとするのならば、

私は今すぐにでも死にましょう。

だが、あなたもすぐに滅ぼされますぞ!!

あなたは誠実な人ではないな!!」


鍾離眛は自分の首を刎ねて死んだ。



韓信はその首を持って陳へ行き、劉邦に拝謁した。

韓信 「陛下のお求めになっていた鍾離眛の首を持参いたしました。

どうぞご検分を・・・。」

劉邦 「こやつを縛り、車に押し込めろ!」

韓信 「な、なぜでございます!

そ、そうか・・・。やはり人の言った通りだった。

『狡兎死して、良犬煮らる。高鳥尽きて、良弓蔵わる。敵国破れ、謀臣滅ぶ。』
(すばしこい兎が捕り尽くされると猟犬は煮て食われる。高く飛ぶ鳥が捕り尽くされると、
良い弓はしまわれる。敵国が破滅すれば、謀臣はころされる。)


とはこのことだったのか!!

天下が定まった今、わしが煮殺されるのも当然だ!」

劉邦 「・・・おまえが謀反したと密告する者がいたのだ。」


韓信はらく陽まで連行され、罪を問われたが赦され、淮陰侯に格下げとなった。

楚の国は荊と楚に二分され、荊王には劉邦の従父兄劉賈、楚王には劉邦の弟劉交が任命された。


韓信は劉邦が自分の才能を恐れ憎んでいると知り、常に仮病を使って謁見にも出ず、

行幸にも一度も随行しなかった。

韓信は昼も夜も怨みを抱き、鬱々として気が晴れず、

周勃や灌嬰などと同列の身分(列侯)であることを恥だと思っていた。

あるとき、韓信は舞陽侯樊かいの家を訪れた。

かいは韓信の才能を尊敬していたため、送り迎えに跪いて頭を下げ、

談笑したときには、自分のことを「臣」と言い、へりくだった。

韓信を帰すときにも、「大王さま、わざわざ臣の家までお出ましくだされて。」と言った。

韓信は樊家の門を出ると自嘲の笑みを浮かべて言った。

「俺も生き長らえはしたが、樊かいごときと同じ仲間にまで落ちぶれたか。」


あるとき、劉邦は鬱々としていた韓信を召し出した。

話の内容は、いつの間にか将軍達の能力評価となった。

劉邦 「わしは、どれ位の兵を指揮できると思う?」

韓信 「陛下は十万人程度の指揮が限界です。」

劉邦 「では、君の場合は?」

韓信 「わたくしは多ければ多いほどよいでしょう。」

劉邦 「なんじゃと?はははは!

では、どうしてわしに捕まったのだ?」

韓信 「陛下の場合、兵を指揮する能力はありませんが、

将軍達を指揮する能力をお持ちです。

これが、わたくしが陛下に捕えられた理由です。

それに陛下は、いわば天から授かった能力もお持ちで、

それは人間の能力ではございません・・・。」



こうして韓信は鬱々と謀反の心を育てた。

しかし、時はすでに遅かったのである・・・


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