第一話:淮陰の股くぐり男


徐州臨淮郡は、淮水流域にあたる。

漢書地理志によれば、淮水流域は肥沃な粘土質の赤土が広がり、

草木は密集して生えていて、人々は異民族とともに暮らしているという。

五色の羽をもった雉が生息し、真珠・絹とともに重要な献上物であったと云う。



韓信は、その臨淮郡の淮陰県の人である。

貧しい庶民の子として生まれ、長じて貧乏で品行の悪い若者となった。

彼は、志は大きかったが実行が伴わず、人からは笑い者にされていた。

そのため、とても役人にはなれなかった。かといって、生計を立てる為に商人にもならなかったし、

働きもしなかった。

仕方が無いので、知人の厄介になりずっと食べさせてもらっていた。

食わせてやった人は、韓信を嫌う者が多かった。


淮陰郡下郷にある南昌の亭長は気のいい男で、韓信を何ヶ月も食わしてやった。

しかし亭長の妻はこれを嫌がり、韓信が目覚める前に食事を済ませてしまい、

韓信が起きて朝食を食べにくると、食事を出さなかった。

韓信はこれに怒り、絶交して他所へ流れていった。


あるとき、韓信が淮陰の城壁の下で飯の為に釣りをしていると、婆さん達が絹布を水にさらしていた。

ひとりの婆さんが、韓信の飢えている姿を見かねて、さらしが終るまでの数十日間、

韓信の為に弁当を作ってきてやった。

韓信はこれを喜び、お礼を言った。

韓信 「おばさんには、いつかきちんとしたお礼をするからな。」

婆さん 「・・・・(この若造はバカかえ・・・?)

一人前のくせして飯も食えねえで、バカ言うでねえ!!

気の毒だから食事をやったんだよ。お礼なぞ、あてにするものかね!」


このように、この頃の韓信は罵られるに値した。


また、淮陰の屠殺業者の若者で韓信をコケにしている者がいた。

彼は、淮陰中心街の盛り場で韓信を待ち伏せし、韓信が来ると脅して言った。


屠殺業の若者 「おいおい、韓信さんよ。

あんたはデカイ図体してデカイ剣をぶる下げているが、

体と違って心は臆病でビクビクしてるんだろ?んん?

臆病じゃねぇって言うなら、ここで俺を刺してみな。

できなきゃ、俺の股をくぐるんだな!!」


韓信はこの若者をしげしげと見つめ、地に這いつくばって屠殺業の若者の股をくぐった。

盛り場の人々や、見物人、通りすがりの人々は皆、韓信を嘲笑した。



暫くすると大乱が起こり、項梁が淮水を渡って大いに勢力を広げたとき、

韓信は志願兵として項梁軍に身を投じた。

一兵卒ながら、韓信はやっと自分の食い扶持を稼げるようになったのであった・・・


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