徐州臨淮郡は、淮水流域にあたる。 漢書地理志によれば、淮水流域は肥沃な粘土質の赤土が広がり、 草木は密集して生えていて、人々は異民族とともに暮らしているという。 五色の羽をもった雉が生息し、真珠・絹とともに重要な献上物であったと云う。 韓信は、その臨淮郡の淮陰県の人である。 貧しい庶民の子として生まれ、長じて貧乏で品行の悪い若者となった。 彼は、志は大きかったが実行が伴わず、人からは笑い者にされていた。 そのため、とても役人にはなれなかった。かといって、生計を立てる為に商人にもならなかったし、 働きもしなかった。 仕方が無いので、知人の厄介になりずっと食べさせてもらっていた。 食わせてやった人は、韓信を嫌う者が多かった。 淮陰郡下郷にある南昌の亭長は気のいい男で、韓信を何ヶ月も食わしてやった。 しかし亭長の妻はこれを嫌がり、韓信が目覚める前に食事を済ませてしまい、 韓信が起きて朝食を食べにくると、食事を出さなかった。 韓信はこれに怒り、絶交して他所へ流れていった。 あるとき、韓信が淮陰の城壁の下で飯の為に釣りをしていると、婆さん達が絹布を水にさらしていた。 ひとりの婆さんが、韓信の飢えている姿を見かねて、さらしが終るまでの数十日間、 韓信の為に弁当を作ってきてやった。 韓信はこれを喜び、お礼を言った。 |
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韓信 | 「おばさんには、いつかきちんとしたお礼をするからな。」 |
婆さん | 「・・・・(この若造はバカかえ・・・?)。 一人前のくせして飯も食えねえで、バカ言うでねえ!! 気の毒だから食事をやったんだよ。お礼なぞ、あてにするものかね!」 |
このように、この頃の韓信は罵られるに値した。 また、淮陰の屠殺業者の若者で韓信をコケにしている者がいた。 彼は、淮陰中心街の盛り場で韓信を待ち伏せし、韓信が来ると脅して言った。 |
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屠殺業の若者 | 「おいおい、韓信さんよ。 あんたはデカイ図体してデカイ剣をぶる下げているが、 体と違って心は臆病でビクビクしてるんだろ?んん? 臆病じゃねぇって言うなら、ここで俺を刺してみな。 できなきゃ、俺の股をくぐるんだな!!」 |
韓信はこの若者をしげしげと見つめ、地に這いつくばって屠殺業の若者の股をくぐった。 盛り場の人々や、見物人、通りすがりの人々は皆、韓信を嘲笑した。 暫くすると大乱が起こり、項梁が淮水を渡って大いに勢力を広げたとき、 韓信は志願兵として項梁軍に身を投じた。 一兵卒ながら、韓信はやっと自分の食い扶持を稼げるようになったのであった・・・ |