第六話:叶わぬ想い
盧綰は劉邦が討伐軍を燕に向けたと知ると、一族と兵一万を率い匈奴との国境の

長城のそばまで逃げ様子をうかがっていた。

劉邦の病気が快方に向かえば、自分ひとりで参内しゆるしを請うつもりだったからである。

盧綰には、自分が直接謝れば必ずゆるしてもらえる自信があったのだ。

盧綰は、劉邦の手足としてその一生を捧げてきた。

体に死なれたら、手足も死ぬしかないのである。


盧綰は長城の下で、ふと劉邦と自分の過去を振り返った。

幼いとき、共に文字を習ったこと。

二人が親友になったとき、中陽里の人達が酒と羊肉を持ち込んで祝福してくれたこと。

武ばあさんの酒場で劉邦と馬鹿騒ぎしたこと。

劉邦が罪を犯し逃亡生活を強いられた時、自分も身を捨てて劉邦に従ったこと。

挙兵したとき、誰よりも自分を優遇してくれたこと。

そして、誰よりも自分を信頼してくれたこと・・・。

盧綰は、ただひたすらに天に劉邦の治癒を祈るばかりであった・・・



しかし、その盧綰の思い虚しく劉邦は死んだ。

盧綰は絶望し、長城を越え匈奴に亡命した。

この頃の匈奴は、冒頓単于という強力な指導者を持ち亡命者を優遇していた。

盧綰も兵一万を率いて投降したこともあり非常に優遇された。

盧綰は東胡盧王に任命された。

しかし、匈奴族が盧綰の領土を勝手に侵略し略奪の限りを繰り返すのを見て、

漢に戻りたい気持ちは日増しに大きくなっていった。

しかしその思いも虚しく、一年あまりして盧綰は匈奴の地で死んだ。


彼の思いは、あの韓王信の思いと同じである。

目の見えない人が一生、「目を開けて光を見たい」と思い続ける気持ち。

歩けない人が一生、「立ち上がって歩きたい」と思い続ける気持ち・・・。


そして司馬遷の友人、李陵の思いと同じである。

「私は砂漠を越えること数万里、将軍として匈奴に名を轟かせた。

しかしながら道は極まり絶え、矢や剣は砕け去り、兵士は全滅した。

私は匈奴に降伏したために反逆者の烙印を押され、名は地に落ちてしまった。

中国に残してきた私の老母も殺されてしまった。

私はいったい誰に感謝して生きればいいのだろう。

私はいったい何処へ帰ればいいのだろう・・・」


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