第六話:天下三分の計 二 |
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通 | 「大王さまは、ご自分では漢王と親しいとお思いで、 共に子孫まで続く事業を打ち立てるおつもりでしょうが、 恐れながらそれは間違いであります。 かつて、張耳と陳余が平民だった頃、 互いに死を誓い合った交わりを結んでおりましたが、 後に鉅鹿で仲違いし、互いに恨みあいました。 張耳は常山王となりましたが陳余に攻撃され漢王の下に逃げ込み、 漢王は張耳に兵を与え陳余を攻め殺させ、陳余は天下の笑い者になったのです。 あの二人の仲は、天下最高の親しさでした。 それなのに、最後は張耳が陳余を殺すことになったのはなぜでしょうか。 禍は過度の欲望から生まれ、人の心は予測しにくいからなのです。 大王さまは忠義を以って漢王との関係を保つおつもりですが、 その関係は張耳陳余程親密にならないに決まっています。 しかも漢王との関係は、張耳と陳余の仲違いよりも重大なものになるでしょう。 大王さまに漢王が危害を与えることはないというお考えは、やはり間違いであります。 越の国の大夫種と范蠡は一度は滅亡した越を復活させ、 補佐して越王句践を覇者にしましたが、范蠡は逃亡し種は殺されました。 『野の獣が獲り尽くされると、猟犬は煮殺されて食われる』のです。 この例は充分参考になります。大王さま、深くご考慮くださいませ。 それに臣が聞いている言葉に、『勇智が君主を震えさせる者は身に危険が迫り、 功績が天下を蓋う者は恩賞に与ることができない。』というものがあります。 大王は、非常に多くの功績を打ちたてられております。 黄河を渡り裏切者魏豹を捕虜とし魏を平定し、夏説を捕らえ、 井に下って趙で成安君(陳余)を処刑され、燕を脅し斉を平定され、 楚の竜且を殺し、その結果を漢王に報告されました。 『功績は天下に比類なく、智謀は世に稀』とはこのことです。 大王さまは、漢王を震えさせる程の威力と、恩賞を超えた功績を持たれています。 楚、漢、どちらに従っても人々は信用せず、恐れられるだけでしょう。 人臣でありながら、君主を震えあがらせる威力を持ち、 名声は天下に鳴響いておられるのです。 大王のために心配せずにはいられません。」 |
韓信 | 「・・・。 まあ、先生。そのくらいにしていただこう。 私もよく考えてみよう。」 |
数日後、またも通は説いた。 |
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通 | 「他人の意見を取り入れることは事柄を知る出発点であり、 善い計画を立てることが成功の鍵となります。 間違った意見を信じ、間違った計画を立てて安泰であった者は稀でございます。 そもそも賎しい雑役に安住する者は天子の権力を揮う資格は無く、 わずかな俸禄に固執する者は宰相になる資格はありません。 よく謀りよく承知していながら、決断できないのは不幸の原因であります。 『獰猛な虎も躊躇すれば蜂や蠍が刺すのにも劣り、駿馬も足踏みすれば駄馬に劣り、 勇士でも狐疑すれば童子の決行にも及ばない。』と申します。 これは決断・実行の貴ぶべきを言っているのです。 そもそも功業は成し難く失敗しやすく、機会は得難く失いやすいものなのです。 時は今でございます。二度と訪れません。 どうか、大王。ご決断ください。」 |
韓信 | 「・・・。 先生には悪いが、私は漢王を裏切れない。」 |
通 | 「・・・・・・・・・・・・。 そうですか。わかりました。」 |
数日後、通は頭が狂ったふりをして何処かへと消えた・・・ この通の見通しは正しかった。 韓信は国替えされた後、反乱をでっちあげられ国を失い、 赦されて侯となったが反乱未遂で捕らえられ殺された。 |