第五話:天下三分の計 一


かい通は韓信の暇な時を見計らって説きだした。

かい 「私は昔、人相を観る術を学んだことがございます。」

韓信 「ほう。先生はどのように人相を判断されるのか。」

かい 「骨相には身分の高下が表れ、容貌には心の憂い喜びが表れます。

また、人の成功失敗は決断力にあります。

この三つを観れば、観相に万に一つの間違いもございません。」

韓信 「なるほど。

では、かい先生は私の相をどのように判断されましたかな。」

かい 「どうかお人払いを。」

韓信 「皆の者、場を外せ。」

かい 「ありがとうございます。

まず君のお顔を観ますに、侯に封じられるのが精一杯でございます。

しかも危うく安泰ではござりませぬな。

しかし君の背中の相を観ますと、真に高貴で言葉では言い尽くせぬものがあります。」

韓信 「背・・・それは、どういうことかな。」

かい 「天下が乱れ始めた頃、英雄豪傑どもが自ら王侯を名乗ると、

秦を打倒するために天下の士が雲の如く集まり、ついには秦を滅ぼしました。

しかし秦を滅ぼすと項劉相争い、罪無き人々は肝脳地にまみれ、

野原に骸骨を晒した者は数えきれません。

項王は彭城に旗揚げしてから逃げる漢軍を追いけい陽に達し、

その威勢は天下に轟きました。

しかし京・索で漢軍に痛めつけられ、それ以上前進できずに三年経ちました。

一方、漢王は数十万の兵を引きつれながら、山河の要害を恃みにし、

一日戦闘してもわずかな戦果もあげられず、

逆に打ち負かされ命からがら逃げ惑う始末です。

けい陽で負け成皋で叩かれ、宛・葉に逃亡しました。

これは、智者勇者ともに苦しむというものです。

鋭気は強固な砦に挫け、兵糧は底をつき、民は疲れ果て身を寄せる所もありません。

臣が思うに、天下の賢人でなければこの災禍を止めることはできません。

今、項・劉の命運は大王の手に握られております。

大王が漢につけば漢王が勝ち、楚につけば項王が勝ちます。

臣は腹をうちわり肝胆を砕いて愚忠を尽くしたいと存じますが、

ただ大王が用いてくださらぬことだけが心配です。

もし臣の策をとりあげてくださるなら、項・劉を利用しどちらも存続させ、

天下三分し、鼎の足の如く三者併立されるのが良いでしょう。

その状態ゆえ、先に動く者はいないでしょう。

そもそも大王は、賢明さをもって多くの軍勢を率い、

強斉に拠って燕・趙を従えております。

その勢いをもって項劉の勢力の及ばぬ地域を制圧し、楚漢の後方を脅かし、

民の願望に従い西に向かいその生命を保障するならば、天下は大王に靡くでしょう。

広大な国を分割し、諸侯をとりたてて土地を与え、

斉をしっかりと抑え膠水泗水一帯まで進出し、

礼を尽し恭しくへりくだるならば、天下の君主達は相率いて斉に参朝することでしょう。

『天與弗取、反受其咎。時至弗行、反受其殃』と申すではありませんか。
(天の与える物を受け取らなければ、かえってその咎を受ける。
時が来ているのに行わなければ、かえってその災いを受ける)


大王よ。ご熟慮なされますように。」

韓信 「・・・・・・・。

漢王は私を非常に優遇してくださる。

漢王は私を自分の車に乗せ、自分の衣服を着せ、自分の食事を勧めてくだされた。

『乘人之車者載人之患、衣人之衣者懷人之憂、食人之食者死人之事』
(人の車に乗った者は、その人の心配を背負い、人の衣服を着た者は、その人の悩みをともに抱き、
人の食事を食べた者は、その人の為に死ぬ)


という言葉を先生も知っておられよう。

私は、利に転び、義に背を向けることはできない。」


かい通はさらに落胆した。

義や利がどうの、という話をしているのではないのだ。

あなたは劉邦に使われている、用が無くなれば危険物として処理されるのだ。

劉邦が車に乗せるのも、衣服を着せてくれるのも、食事を分けてくれるのも、

皆あなたを引き付けておくために劉邦がしているのだ。

自分の進言を容れ、斉を騙し討ちしれき食其を殺した時点であなたの進む道は一つしかないのだ。

独立して天下を獲れ。

と声を大にして言いたかったに違いない。


かい通は挫けず、さらに韓信に説いた・・・


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