第三話:万戸侯


秦が邯鄲の包囲を解いた後、趙孝成王は趙かくを使者にたて秦と講和した。

講和の条件は、秦への従属・趙領内の六県の割譲であった。

虞卿は和睦が決まると孝成王に言った。

虞卿 「秦は邯鄲を包囲しましたが落とせず、疲弊して兵をひきました。

それなのに王さまは六つの県を秦にさしだされ、

また来年秦がわが国を攻める手助けをされております。

次に秦が攻め寄せれば、もう王さまの打つ手は無いのではありませんか?」

王は趙かくにこの言葉を伝えた。

かくは、割譲以外に打つ手は無いが、来年秦が攻めてこない保証も無い

と煮えきらぬ返事をした。

またもや虞卿は進言した。

虞卿 「秦は戦に長じていますが、今割き与えようとしている六県は戦では取れません。

秦の機嫌をとるために六県を与えるならば、

また来年秦は攻め寄せてきて新たに六県を要求するでしょう。

限りある領地であるのに、限りない秦の要求を飲んでいては、

やがて趙の地はなくなりますぞ。」

このとき元秦宰相の楼緩が趙に来ていた。

趙王は楼緩に意見を求めた。

楼緩 「今、趙が滅亡しようとしているときに、六県を秦に与えずにどうするのです。

秦の心を安め、各国からの侵略を防ぐのが上策であります。

虞卿は一を知って二を知らぬ者です。」

虞卿 「ははぁ。楼緩どのの秦の為の謀略、恐ろしい限りですな。

秦の心を安んじるとは何事ですか?

六県を秦に献じる、これは趙の弱さを天下に示すことであります。

それを言わずに、六県を秦に献じよとは曲者以外の何者でもありません。

私が思うに、六県は秦ではなく斉へ献じるべきであります。

斉は秦へ深き怨恨がありますゆえ、間違いなく和議は成立します。

斉が六県を受け取れば、斉・趙が組んで秦へ攻め入ることになりましょう。

これは趙の力を天下に示すことになります。

王さまが斉へ使者をだす命令をすれば、秦の使者がこちらへ参り

逆に向こうから和議を申し込んでくるに相違ありませぬ。

これを聞けば、韓・魏両国も我々に宝物を差し出してくることになりましょう。

この策が実行されれば、一挙に三国の誼が結ばれ秦と立場が逆転します。」

趙王は深く頷き、虞卿を使者に任じ斉へ行かせ、共に秦を討つ策を立てさせた。

虞卿がまだ斉より戻らないうちに、秦からの使者がやってきて

虞卿の予言通り和議を申し入れてきた。

楼緩は国外へ逃亡した。

孝成王は改めて虞卿の才能を認め、一城を与え万戸侯とした。


その後、やはり虞卿の予言通り魏の使者がやってきて、

合従し共に秦に当たりたいと申し入れてきた。

趙王は魏の使者へ返事をせずに、虞卿を呼んだ。

孝成王 「魏との合従についてどう思うか。」

虞卿 「魏は間違っておりますし、合従をお受けにならない王さまも間違っております。

大国と小国が一緒に組んで戦をする際、

敵に勝てば大国が福を受け小国が禍を受けると聞いています。

魏は小国でありながら、進んで禍を引き受けようとしております。

そして王さまは大国の主でありながら、その福を受けようとはしません。

私が密かに考えるに、合従が有利であります。」

趙王はなるほど、と思い魏と合従の約を結んだ。


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