第一話:楚人


おうという人は楚の人であり、字は絲(し)といった。

彼の父は楚漢動乱期に盗賊をしていたが、天下が定まると右扶風安陵県(恵帝の陵墓)に移住した。


天下を呂后が牛耳っていた頃、袁おうは趙王呂禄の舎人(郎中に準ずる官)となったが、

呂氏が誅滅されると職を失った。

しかし文帝が即位すると、袁おうは兄袁かいの推薦で郎中(近侍護衛官か)となることができた。

当時の朝廷では蕭何・曹参ら重鎮が逝去しており、陳平と周勃が左右丞相であった。

周勃は動乱平定功労者の生き残りであり、さらに呂氏誅滅・文帝擁立にも功績があったので、

朝廷から小走りに退出する際にも非常に得意げであった。

文帝も、「周勃は劉氏を守ってくれた社稷の臣だから。」という理由で丁重な待遇をしていた。


おうはこれを不愉快に思い、また危惧し、文帝の前へ進み出た。

「陛下は、周丞相をいかなる人物とお考えですか。」



ここに袁おうの諫言の歴史が始まる・・・。


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