第五話:魯丞相


魯王劉余は生まれつき吃音があり、話すのに難儀した。

好んで宮殿建築修繕や狩りを行い、孔子の旧亭を取り壊して宮殿を広げたところ

孔子旧宅から鐘や琴の音が聞こえたので敢えてそれ以上壊そうとはしなかったが、

壁の中から「古文尚書」などを得たという。



田叔が魯へ着任すると、百名以上の領民が訴え出てきた。

領民 「王さまは私たちの財物を奪い取りました。

丞相さま、なんとかしてください。」

田叔 「お前たちは何を申しておる。

王さまはお前達の主人ではないか。何故進んで主人の悪口を申すか!」

田叔は、主だった者二十人を捕らえむち打ち五十回の刑を加えた。

これを聞いた劉余は自らの行いを恥じ、領民達へ田叔の手を通じて弁償させようとした。

しかし田叔は劉余の依頼を断った。

「王さまがお取り上げになった物を、丞相を通じて弁償すると、

王さまが悪いことをして丞相が良いことをした、ということになってしまいます。

私は間に入らないほうがよろしいかと・・・。」

劉余はさらに恥じ入り、自ら弁償を済ませた。


劉余は度々狩猟に出かけたが、田叔はその度にお供をした。

田叔は必ず外に出て終始太陽に晒されて座り、

劉余に休息するように命ぜられても休もうとはしなかった。

逆に、「わが君が狩場で太陽に照らされているのに、私一人が休息することはできません。」

と言った。

劉余はこの一件の後、あまり狩猟に出かけなくなった。



数年後、田叔は魯丞相のままこの世を去った。

劉余は金百枚を祭祀の費用として贈ったが、末子の田仁は受け取りを拒んだ。

「金百枚を受け取り、亡父の名誉を傷つけることはできません。」、と。


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