劉邦は項伯に言われた通り、項羽に謝罪すべく百余騎を従えて鴻門へ向かった。 鴻門に至り、劉邦は張良一人を従えて項羽と会見し謝罪した。 |
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劉邦 | 「臣は大王と力を合わせて秦を攻めました。 大王は北で、臣は南で戦い、たまたま臣が先に関中に入りました。 この地で再び大王にお目にかかれるとは思いもよりませんでした。 ところが、小人の中傷があったようで、大王と臣の間に隙間が生じてしまったのです。」 |
項羽 | 「中傷・・・。きみの左司馬の曹無傷という者が、 きみの有ること無いことを言い立てたのだ。 そうでなければワシがきみを疑ったりはしない。」 |
こうして項羽の紳士的態度によって劉邦は救われた。 この優しさが項羽の特徴でもあった。 項羽は劉邦を留めて酒宴を開いた。 項羽と項伯が並んで東に向って坐り、亜父范増が南に向って坐った。 劉邦は北に向って坐り、張良は西に向って坐った。 范増は元々劉邦を殺すつもりだったので、項羽に意味ありげな視線を送ったり、 身に帯びている玉をあげて合図したが、 項羽はもう劉邦を許していたので、気付かぬ振りをして黙然と酒を飲んでいた。 范増は項羽の人の良さを怒り、席を立って外に出、項荘(項羽の従弟)を召し寄せて 「剣舞にかこつけて劉邦を刺せ」と命じた。 項荘は宴席に入り、項羽の許しを得て剣舞を舞い始めた。 張良、劉邦、項伯はほぼ同時に彼の意図に気付いた。 しかし、張良と劉邦は下手なことは出来ない。 すると項伯が立ち上がり、剣を抜き放って項荘に合わせて舞い始め、身を挺して劉邦を庇い続けた。 張良はもう見ていられなくなり、酒宴を抜け出して軍門まで走り、樊に言った。 |
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張良 | 「事態は甚だ切迫している。 今、項荘が剣を抜いて舞っているが、明らかに沛公を刺そうとしている。 項伯が庇っているが時間の問題だ。」 |
樊 | 「そ、それは一大事です。臣は宴席に入って沛公と共に死にましょう。」 |
そう言うなり、樊は盾で軍門衛士を吹き飛ばし、ついに宴席へ侵入した。 樊は西に向って仁王立ちになり、目を怒らせて項羽を睨みつけた。 項荘の剣舞は、この樊の闖入によって妨害され終わった。 項羽はこの男を珍しく思い、言った。 |
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項羽 | 「そなたは何者だ。」 |
張良 | 「この男、沛公の陪乗者で樊と申します。」 |
項羽 | 「壮士である。彼に大杯を取らせよ。」 |
樊は立ったまま酒を飲み干した。 項羽は「彼に骨(豚の肩肉)を与えよ。」と命じた。 料理人は意味がよくわからず、生肉を出した。 樊は盾を地面に置き、剣を抜いて肉を切って喰らった。 項羽は苦笑した。そしてさらに酒を勧めた。 樊は項羽をなじった。 「臣は死さえ避けません。酒ぐらいでどうして辞退しましょうか。 かつて『まず秦を破って咸陽を陥とした者を関中の王とする』と懐王と盟約いたしました。 いま、沛公は最初に咸陽に入り、秦の財物を少しも私有物にすることなく、倉庫を封印し、 覇上に陣取って大王をお待ちしておりました。函谷関を守備したのは賊に備えるためでした。 それなのに大王は小人の中傷を取り上げ、功績の多い沛公を誅殺しようとしておられる。 これでは秦のやり方と変わらないではありませんか。失礼ですが、大王のために惜しみます。」 項羽は黙然とし、「まあ、坐れ。」とだけ言った。 気まずい沈黙が流れた。劉邦は廁(便所)に立った。張良・樊も立って護衛した。 項羽は陳平(この時はまだ項羽配下)に命じて劉邦を呼び戻させた。 しかし劉邦は張良に後のことを託し、徒歩の樊・夏侯嬰・紀信・彊だけを連れて覇上へ帰った。 張良は劉邦が安全な地まで逃げた頃を見計らって宴席に戻り、謝罪して言った。 |
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張良 | 「沛公は拝領した酒の酔いに耐えられず、 辞去の挨拶を申し上げることができませんでした。 沛公はこの良に命じて、白壁一対を大王に謹んで献上するように、 そして大将軍(范増のこと)に玉斗一対を謹んで献上するようにと仰せになりました。」 |
項羽 | 「沛公はどこにいるのか。」 |
張良 | 「沛公は、大王に過失を責める意志がおありになると聞いて、 恐れてただ一人立ち去りました。もう軍陣に着いている頃でしょう。」 |
項羽 | 「・・・そうか。」 |
張良も辞去し、劉邦のもとへ戻った。 こうして、項伯・張良・樊らの命がけの活躍によって劉邦の命は救われた。 張良がただの柔和な男だったら、たちどころに項羽に殺されていたであろう。 張良には、始皇帝を暗殺しようとした、あの気迫があったのである。 項羽もその気迫を感じたのではないだろうか・・・・・・ |