第三話:邂逅


ひに住んで十年が経過した。

始皇帝が病死し、陳勝らが反乱を起こした。反乱は各地に伝播し、天下大乱となった。


張良もまた、韓の旧臣や下ひの若者百余人を集め、反乱軍に合流しようとした。

しかし秦軍はいまだ強大で、名将章邯によって反乱軍の総帥陳勝は敗死した。

張良は時代の流れの速さについてゆけず、途方にくれた。

仕方なく様々な反乱軍首領に会って、『太公兵法』に基づいて今後取るべき方針を進言をしたが、

まったく取り合ってもらえなかった。時には完全に無視された。

張良は失望し、また今後彼らが失敗するだろうと思い足早に去った。


しかし、彼の潜伏時代に築き上げた情報網が活きた。

小規模ながらも陳勝のあとを継いで、楚王族の末裔景駒(けい・く)

楚王となって留に駐留しているという情報を得た。

張良は行って補佐しようと思い、早速留の街へ向かった。

しかし、途中で新たな情報が入ってきた。

沛公というなにやら不思議な男が兵を率いて、同じく景駒の元へ向かっているという。

張良は道中を同じくしようと思い、陣中の沛公劉邦を訪ねた。

張良は、いつもと同じように『太公兵法』に基づいて劉邦に今後取るべき大略を講じた。

劉邦は、この美男が始皇帝全盛期に暗殺未遂事件を起こしていると知っていたが、

この進言の正確さに驚き、仁・智・勇を備えた人間であると非常に感心した。

そして、この男をぜひとも配下に加えたいと思い、言った。


劉邦 「あなたは、今誰かに仕えているのですかな。」

張良 「いいえ。かつて私は韓に仕えておりましたが、今は誰にも仕えておりません。

今まで、誰かに仕えようと思い大略を講じたのですが、すべて無視されてきました。

仕方がないので景駒の元くらいしか行くところが無かったのです。」

劉邦 「で、では私のところに来てはくれませんか。」

張良 「はい、私こそ沛公の元で働きたく思っておりました。」


こうして、張良は劉邦の師となった。

留への道中、劉邦は毎日のように張良を呼び、共に食事をし、

その兵略や天下の形勢を喜んで聞いた。

そして、すぐさま張良の進言を取り入れ、実行した。

張良もこれには驚いた。自分の進言が全て取り上げられ、実行されてゆく。

この時の張良の驚きは、沛公はほとんど天から授かった能力をお持ちだ、

と言ったと伝わっているほどである。

また、張良は劉邦配下の将にも驚いた。

張良が見たところ、蕭何・曹参は、磨けばゆうに一国の宰相を任せられる人材であったし、

周緤・夏侯嬰・盧綰・樊かい・任敖・周昌・周苛らはたとえ死んでも劉邦を守るだろうし、

王吸・薛欧・灌嬰・周勃らは、経験を積めばまたと得がたい実戦指揮官になる人材であった。

が、このときの劉邦は群盗と変わらず、一つの街すらなかなか落とせない一敗一勝を繰り返す

チッポケな存在であった。

張良はこの集団を方向づけることによって、故国韓の再興を賭けた。



こうして、張良は黄石公の予言通り、十年して世に出て王者の師となった・・・



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