第十三話:無欲の安心


張良は晩年こう言っていたという。

「我が家は代々韓の宰相であった。韓が滅亡すると、万金を惜しまず秦に復讐し、天下を震わせた。

そして三寸の舌で帝王の師となり、一万戸の領地をいただき、列侯となった。

これは元平民としては最高の地位であり、良にとってはもう充分である。

私はこれからこの世を捨て、仙人赤松子に従って遊びたいだけだ。」

そこで以前からやっていた断穀(モノを食べない)と特別な呼吸法を行い、身を軽くすると称した。


張良が馬鹿なことをやっているという噂はすぐに広まった。

呂后は張良に非常に恩義を感じていたので、この噂を聞くと直々に張良の家を訪問し、諌めた。

「人間の一生とは、白馬が隙間を通り過ぎるように短いものと言います。

どうして、それほどまでに自分を苦しめるのですか。」


時の権力者、擬似皇帝呂后の諌めである。

老いたる張良は仕方なく食事を取ることにした。


呂后二年、張良は亡くなった。

病弱ではあったが意外と長生きし、50代もしくは60代のときに亡くなったようだ。

おくりなは文成侯。

張良を導いてくれた、あの下ひの黄石老人のその後であるが、

黄石老人の予言どおり、張良が済北を通ったときに穀城山の麓で黄石として再会を果たした。

張良はその黄石を大事にしまい、宝物として祀った。

張良が亡くなったとき、彼の遺骸とともに葬られたという。

張良の墓の掃除の時、夏と冬の祭祀の際には、張良の霊と合わせて黄石公をも祭ったそうである。

『括地志』によると張良の墓は沛県の東六十里にあり、留からも近かったという。


これが、劉邦を側から補佐して皇帝に押し上げた、張良という男の一生である。


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