第十二話:四海を横絶す


劉邦は酒宴が好きであったようで、病中でもこれを行った。

あるとき、太子劉盈は酒宴に四人の隠者を連れていった。

劉邦は息子の傍にお供をしている四人の老人を不思議に思った。

彼らは見た感じでは歳は八十を過ぎており、鬚も眉毛も真っ白であり、

容姿や立振舞は非常に立派で威厳があった。

宴もたけなわになってきた頃、劉邦は訝しんで質問した。

「四老人は何者かな?」

四老人は進み出てそれぞれ姓名を述べた。

「東園公です。」「ろく里先生です。」「綺里季と申します。」「夏黄公です。」

劉邦は非常に驚いた。

劉邦 「おおお!  ワシは公らを長年求めてきたが、公らは逃げ隠れた。

それなのに、どうして自らすすんで我が子と交際しているのか。」

四老人 「陛下は士を軽んじ、口汚く罵られます。

わたくしどもは、自分の節義を保つためにも、そのような侮辱は受けられませぬ。

しかし、太子さまの噂を聞くと、人々はみなほめ称え、

太子さまに期待し、命を投げ出そうと望む者ばかりだといいます。

そして仁愛と孝行の徳をお持ちで、慎み敬意をもって士を愛されているとのこと。

わたしたちは、太子さまなら、と思いここへ出てきたのです。」

劉邦 「・・・・・・・・・・・・そうか。

・・・公らには面倒をかけるが、どうか最後まで太子を助け、守り立ててやってくれ。」


四老人は杯をあげて劉邦の長寿を祈り、退出した。

劉邦は目でそれを見送り、戚姫を宴席に呼び入れ、四人の老人を指差して言った。


劉邦 「わしは太子を替えるつもりであったが、あの四賢者が盈を補佐している。

羽翼は出来上がっておって、すでに動かすことはできぬ。

呂后が真実おまえの主人だ・・・。」

戚姫 「そん・・・な。うっ・・・ううう。」

劉邦 「戚よ、泣くでない。さあ、ワシの為に楚の舞を舞ってくれ。

・・・泣くでない。ワシがお前の為に楚の歌を歌ってやろう。」





大意
「おおとりは高く飛び、一飛びすると千里も行く。

太子の翼はすでに完成し、四海を飛び越える。

四海を飛び越えてしまえば、もうどうすることもできぬ。

鳥を撃つ矢があっても、どこに用いるのか。」


これを聴いて、戚姫は劉邦の傍らでただただすすり泣くばかり。

劉邦は起ち上がって退出し、宴はお開きとなった。



こうして、張良の計略が当り、太子劉盈はその座を奪われることはなかった。

すべては、四人の老賢者を招かせた張良のお蔭であった。

これ以後、呂后は深く張良を信頼し、病気見舞いにも訪れた。


一方、この時点で戚姫の運命は決まったとも言えよう・・・


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