第一話:復讎の鬼、子房


戦国の世に韓という国があった。

韓は、強国楚と秦に挟まれ、紀元前230年に秦によって滅ぼされた。


張家は韓の王族で元々姫姓を名乗っており、代々宰相の位につき、歴代韓王を補佐した。

張良の祖父張開地は昭侯・宣恵王・襄哀王の三代に仕え、父張平は釐王・桓恵王に仕えた。

張平は、まだ幼い張良を残して桓恵王二十三年(BC250)に死んだ。その20年後、韓は滅びた。


韓滅亡のとき、張良(ちょうりょう/字は子房)はまだ年少で官途についていなかった。

有力な家だった張家には300人を超える奴僕がいたが、張良は弟が死んでも埋葬もしなかった。

彼は埋葬どころか、家財すべてを投げ出して客を招き、刺客となる人物を探した。

秦王(後の始皇帝)を刺し、故国韓の為に復讐しようと思っていたのである。壮絶な決心であった。

が、張良の外見は内面の激しさを全く表していなかった。彼の顔は端麗で整っており、

司馬遷曰く、「如婦人好女」のようであり、どう見ても穏やかな青年にしか見えなかった・・・。


彼は家財を売り払い、淮陽に行って礼を学んだ。

そして有力な刺客情報を聞きつけ、遥か彼方の朝鮮半島の付け根あたりにまで行った。

まさに東奔西走、凄まじい行動力・情報収集力である。

張良は倉海君という酋長と出会い、怪力無双の男を紹介された。

彼は鉄槌を正確に目標物に当てることの出来る男で、張良は120斤(約27Kg)の鉄槌を造らせ、

彼と暗殺計画を練り、演習をした。遠くから始皇帝を狙撃し、鉄槌で車ごと潰してしまう計画だった。


張良は、始皇帝が東方巡行することを突き止めた。

彼は怪力刺客と共に、始皇帝が通る道筋に身を潜めた。そこは陽武の博浪沙というところであった。

始皇帝の仰々しい行列が通るやいなや、怪力刺客は身を露わにし、鉄槌をぶん投げた。

鉄槌は見事馬車に命中し、車は粉々に砕け、馬も護衛兵も大混乱であった。

しかし、鉄槌が当ったのは始皇帝の副車で、始皇帝は乗っていなかった。

張良は失敗を悟ると一目散に逃げた。怪力刺客も逃げ、行方知らずとなった。

面目まる潰れの始皇帝は激怒し、天下に号令して大捜査を行わせ、

犯人を探すこと極めて厳しかったが結局張良を捕まえることはできなかった。


奇しくもこの張良の暗殺未遂事件は、

後に漢軍で張良と共に智謀を謳われた陳平の故郷陽武でのことであった・・・。



張良は姓名を変え、逃走に逃走を重ねて下ひにまで辿り着いた。

彼はここで、地下組織のボスや街の顔役たちと親交を結び、彼らの信頼を得た。



この頃の張良は、ただひたすら「どうすれば始皇帝を暗殺できるか」しか考えていなかった。

そして始皇帝を殺せば、秦を倒せると思っていた。

しかし、ある人との出会いで彼の考えは大きく転換するのだった・・・


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