ある時、文帝が外出し中渭橋(渭水に掛かる橋)に差し掛かった。 一人の男が橋の下から走り出て、文帝の馬車を牽いていた馬が驚いて騒いだ。 すぐ護衛の騎士がその男を捕らえ、廷尉の張釈之に引き渡した。 その男いわく、 「私は遠方から来た者ですが、ここまで来ると警蹕(先払いの声)の声が聞こえましたので あの橋の下へ身を隠しました。 だいぶ時間が経ったので、行列が通り過ぎたと思い出たところ お召し車や馬車が目に入りまして、あわてて走り出したのです。」 張釈之は「この者は警蹕を犯した者ゆえ、罰金刑に処したいと思います。」と上奏した。 文帝は怒り、「あいつはわしの馬を驚かせたのだぞ。 幸い柔和な馬だったから良かったようなものの、もし別の馬だったら怪我をしていたかも知れぬ。 それなのに廷尉は罰金刑でよいと考えるのか。」と言った。 張釈之は言った。 「法というものは天子さまでも、万民と同じく公のものとして守るべきものであります。 それを勝手に厳しくしたりすれば、法は民から信頼されなくなります。 現在、法の規定ではあの者は罰金刑が妥当であります。 また、陛下があの者を即座に斬り捨てていればそれまででしたが、 裁きを廷尉である臣にお任せになりました。 廷尉は天下の秤であります。秤が傾けば法は公平さを失います。 そうなれば天下の万民はどこに居れば安堵できるのでしょうか。 何卒、ご賢察を。」 文帝はしばらく黙り込んだが、「廷尉の判決は正しい。」と言った。 |