第二話:人事


ある日、張釈之は文帝のお供をして上林苑の中にある虎圏(動物園)に登った。

文帝は上林苑の尉に禽獣簿(飼っている禽獣の種類や数が記録してある)の内容について質問した。

尉たちはお互いに顔を見合わせるだけで、誰も答えられなかった。

その時、虎圏で働く雑役夫が進み出て文帝の質問に詳しく答えた。

彼は自分の能力を認めてもらおうとして、打てば響くように応答した。

文帝は、「役人は本来こうあるべきだ。尉たちは信頼できぬ。」と言い

この雑役夫を上林苑の令(長官)に抜擢するよう命じた。


張釈之は暫く黙っていたが、進み出て言った。

張釈之 「陛下は絳侯周勃さまをいかなる人物だとお考えですか。」

文帝 「徳の高い人物だ。」

張釈之 「では、東陽侯張相如さまは。」

文帝 「同じく長者である。」

張釈之 「陛下は絳侯さまと東陽侯さまを長者であるとお褒めになりましたが、

あのお二人は口下手で、簡単なことも上手く言い表せないお方です。

あのお二方に、この雑役夫の口達者さを見習えといっても無理でしょう。

秦は文書や法律いじりが得意なだけの小役人に何もかも任せ、

小役人どもは争って人の欠点を探し、厳罰が良いことだと考え、

民を憐れむことはありませんでした。

そのため天子は自らの過ちを聞かされることなく国は微衰して二世胡亥に至り

天下は壊滅したのです。

今、陛下は雑役夫が口達者であるという理由で異例の昇進をさせようとなさいます。

私は、天下がこの風潮に靡き口先だけの巧みさを競い、実を失うことを恐れます。

下々の者が陛下の感化を受けるのは、

影が形に従い、響きが声に応じるよりも早いものです。

人事に関しては慎重でなければならないと考えます。」

文帝 「ううむ。

いかにもおぬしの言う通りである。」

こうして雑役夫の登用は中止された。


帰途、文帝は馬車に張釈之を陪乗させ、御者に車を徐行させるよう指示した。

文帝は秦の政治の欠点について質問し、張釈之は詳しく秦の実態を答えた。

文帝は張釈之が並の人間ではないことを悟り、

宮中へ戻ると公車令(司馬門護衛官。衛尉属官)に任命した。


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