石に立つ矢
〜干宝『捜神記』より〜


周の時代、楚の熊渠子という人が馬に乗って夜道を歩いていると、

道端に虎が横たわりこちらを窺っているのを見つけた。

熊渠子は弓術の心得があったので、馬上弓を引きしぼり虎に射かけた。

矢は虎に命中し、矢じりが見えなくなるほど突き刺さった。

しかし、射られたというのに虎は身動き一つしない。

おかしいなと思った熊渠子は馬から降りて確かめると、なんと矢が刺さっていたのは石だった。

不思議に思いもう一度石に向って射てみたが、矢は折れ石には傷跡一つつかなかった。


前漢の頃、李広は辺境の右北平郡太守に任命され、匈奴に「飛将軍」と呼ばれ怖れられていた。

彼は代々弓術を伝える家で育ち、虎狩りを好み度々負傷したが止めなかった。

あるとき、草原の中に虎がうずくまってこちらを窺っているのを発見した。

李広が渾身の力で放った矢は深々と虎に突き刺さった。

しかしよく見るとそれは石であった。

李広は不思議に思い、他日この石を射てみたがどうしても矢を射込むことができなかった。


前漢末の学者劉向は言う。

「誠意が極まれば、金石さえも貫くことができる。ましてや人を射ることなどたやすい。

正しいと思っている意見を主張しても人が賛同してくれない、

率先して行動してもどうしても人がついてこない、

このような場合は自分の中に不完全な点があるからである。

ましてや、高位にある者が天下を正そうと思うなら、まず己を正さなければならないのだ。」


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