憂いから生まれた怪物
干宝『捜神記』より


あるとき前漢の武帝が東方に巡行した。

函谷関を出ていないうちに、見たことも無い化け物が一行の前に立ち塞がった。

怪物の外見は牛に似ており、眼は青く光り、四本の足が土にめり込んでいた。

命を受けた役人がこの怪物をどかそうとしたが、ぴくりとも動かない。

皆、肝を潰してしまい何もできなかった。


するとお付の東方朔が、酒を注いでごらんなさいと言ったのでその通りにしてみると、

数十斛を注いだところで怪物が消え失せた。

武帝は驚き、東方朔にわけを訪ねた。東方朔が言うに、

「この化け物は『患』といいまして、憂いから生じたものでございます。

この地は、秦の時代は監獄だったか、罪人どもが懲役に服した処に違いありません。

その憂いが集まったために、今化け物となって現れたのでしょう。

酒は憂いを忘れさせますから、化け物を消すことができたのです。」


武帝は感心して言った。

「いやいや。博学な人間というものは、こんなことまで知り尽くしているのか…。」


東方朔
無作法だが滑稽な人であった。酔っ払って殿中で小便を漏らし弾劾された。
その機知諧謔で大臣高官すべてをからかい、武帝にも相談相手として愛されたが、
大官には登らなかった。
『漢書』巻六十五に東方朔傳第三十五として独立した伝が立てられている。


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