黄石公信仰
干宝『捜神記』より


黄石公が太公兵法を授け、王者の師となるよう張良を教導したことは、張良伝第二話で述べた。

その後、どうやら張良の一族は中原に住み着いたものと、蜀方面に広がったものがあったらしい。

蜀には張良の師・黄石公の信仰が長く続いていたという。



益州の西、雲南の南にあたる所に祠がある。

山の岩肌を切り開いて石室が作られており、そこには神が住んでいた。

神は自ら、「ワシは黄石公じゃ」と名乗っている。

地元の人たちは、張良が教えを受けた黄石公の霊だと思い、これを祀っている。

黄石公はなまぐさが嫌いで、犠牲は受けない。

祈願をかける人は、銭百銭・筆二本・墨一つを持参して、それを石室の中に置いて「お願いします」と言う。

すると石室の奥から「おいでなさった方は何用か?」と返事がある。

そこで願い事を伝えると、その吉凶を詳細に告げてくれる。

しかし、黄石公は決して姿を見せない。


この信仰は、捜神記を書いた晋の散騎常侍干宝が生きていた時代まで残っていたそうである。