第三話:陰干し


始皇帝が死に、二世皇帝胡亥が即位した。

優旃は始皇帝に続いて二世皇帝にも仕えた。

二世は世間知らずな思想家で、その思想は自分の殻から出ることは決してなかった。

そして大悪党の宦官趙高に政治をすべて任せ、

自分は日夜女性と戯れ、酒宴を開き、堕落しきっていた。

優旃は二代続けて暴君に仕えることとなってしまった。


あるとき、くつろいだ席で二世胡亥が訳の分からぬ理想論を語りだし、それを実行しようとした。

群臣は常にこれに悩まされていた。


胡亥 「朕は一天万乗の君である。しかしながら、その実がない。

だから朕は、万乗の君たるにふさわしい様々なものを整え、

我が尊号を充たしたいと思っている。

そこで都の咸陽の城壁全面に漆を塗り、我が威を示したいと思う。

どうだ?」

群臣 「・・・・・・・・・・・。御心のままに・・・・・・・・・。」


そんなとき、優旃が進み出て楽しげに言った。

優旃 「はっはっは!!結構でございますな。

実は私も前々からそのことに気付き、お願いしようと思っていたところでした。

まぁ下民どもにしてみれば経費の負担が増え、欺かれたと思うでしょうが、

それでも咸陽が漆の城になると考えると、壮大でいいものですなぁ・・・。

そういえば、漆の壁はツルツルとしていますな。

もし賊どもが来ても、みな城壁を登れずツルツルと滑り落ちるでしょうな。

想像すると愉快ですな。はは!

しかし、心配事が一つだけあります。

漆を塗る作業は、陛下のご威光をもってすればたやすくできましょうが、

塗った漆は陰干しして乾かさなければなりません。

雨が降ったりすればせっかくの漆塗りが台無しになりますぞ。

漆が乾くまで、咸陽城がすっぽり入る部屋を作らないとだめですな。

しかし、この部屋を作るのが難しいような気がします。」


二世はこれを聞いて笑い出した。

「ははは!お前は何て壮大なことを考えているのだ!

朕の及ぶところではない。

咸陽の城壁に漆を塗るのはやめにしたぞ。はは。」


こうして胡亥の無謀な計画は中止となった。



その後、胡亥は宦官趙高に誑かされ、群臣の前に出て姿を見せることは全くなくなった。

そして優旃が胡亥に会うことも無くなった。



ほどなくして二世皇帝胡亥は趙高に殺された。

趙高は胡亥の甥の子嬰を三世に立てたが、

三世子嬰は趙高を刺し殺し死体を車裂の刑に処し、趙高の父母兄弟妻子を皆殺しにした。

秦の宮廷は大混乱に陥り、

東からやって来る賊の劉邦と手を結ぼうと画策する者もあり、反対に抵抗論を唱える者もあり、

果てには反乱を起こそうと考える者もあった。



優旃は逃げた。

そして、名高い秦の芸人として劉邦の宮中に身を寄せることができた。


優旃は漢の宮中でも人々を笑いに引き込み、すべての人から愛され、

数年の後、安らかに亡くなった。



司馬遷は言う。

「世の中の凡俗さに流されず、権勢や利益を求めて争うこともなく、

上の者に対しても下の者に対しても頑なにこだわることもなく、

自分は誰からも害を受けない。

それは大いなる道の働きと似通っている。

なんとたいしたものではないか!」



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