天子の婿は何故馬と呼ばれるのか? |
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秦の時代、辺境の隴西に辛道度という独り者の男がいた。 彼は学問を志し、咸陽を目指して修行の旅に出た。 雍州のある街まであと一里足らずのところまで来ると、 見たこともないような立派な邸宅があり、召使風の女が門前に立っていた。 辛道度は金が無く、食事に困っていたので、その女性に食べ物を無心した。 |
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辛道度 | 「もし・・・。 わたくし、辛道度と申すもの。学問修行の途中なのですが・・・。 今夜の宿をとる金もなく、飯を食う金もない。 よろしかったら、一晩の宿をお貸し願えませんか。」 |
召使の女 | 「・・・・今、秦女さまにお取次ぎしますから、しばらくお待ちください。」 |
辛道度 | 「秦・・・女? 秦王さまの一族か・・・? まさかなぁ・・・。」 |
しばらくすると召使の女が出てきて、「秦女さまが招き入れてよいと言った。」と言い、 辛道度を家の中に招き入れた。 既に多くの皿が用意され、秦女はテーブルの西側の椅子に座っていた。 |
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辛道度 | 「わたくし、辛道度と申すものです。 一介の旅人に、宿を貸してくださり、 料理を振舞って下さるなんて感激の極みです。」 |
秦女 | 「ふふ。丁重なお方。 そこに立っているのも何ですから、私の向い側に腰掛けてくださいな。 さあさあ、皆の者。お客さまの為に料理を運ぶのですよ。」 |
辛道度 | 「・・・・・・(な、なんと綺麗なお方だ・・・)」 |
秦女 | 「まあ! そんなに見つめないで下さいな。 お食事の方が冷めてしまいますよ。」 |
辛道度 | 「こっ、これは粗相を・・・。 (モグモグ) おっ、これは巧い。 (もぐもぐ) ほうほう、これも巧いですな。 今まで口にしたことも無い味ですなぁ。」 |
秦女 | 「あらあら。よほど空腹でいらっしゃったのですね。 もう全部平らげてしまいましたね。ふふふ。 そういえば、まだ私のことは何一つ申し上げていませんでしたね。 私は秦の閔王の娘です。 曹国へ嫁に参りましたが、不幸なことに式を挙げる前に死にました。 私は死んでから23年、この邸で一人住いの日を送っております。 今日はあなたさまがお越しになられましたゆえ、 夫婦になっていただきたいのです。 悲しいことに、たった三晩だけしか過ごせないのですが・・・。」 |
辛道度 | 「死んで・・・23年?冗談ですか? あなたは生きているではないですか。 しかも、とてもお美・・しい。」 |
こうして辛道度と秦女は、夫婦の契りを結んだ。 三日目の夜、秦女が悲しげに言った。 「あなたは生きている人ですし、私は幽霊です。 いつまでも夫婦でいては禍が降りかかるでしょう。 ・・・たった三晩ではあなたと歓楽を尽くしたとは申せませんわね。 でもこれでお別れになってしまいます・・・。 変わらぬ気持ちのしるしに何を差し上げたらよいのかしら・・・。」 しばらくすると秦女は寝台の下から化粧箱を取り出し、 中から金の枕を取り出して夫に形見として贈った。 そして召使に命じて辛道度を門の外まで強引に送らせた。 辛道度は訝しがって振り向くと・・・・・ 邸は跡形も無く消えうせ、墓が一つ立っているだけだった。 辛道度は慌てふためいて逃げ出した。 しかし、懐中の金の枕に異状は無かった。 が、恐ろしくなりこの金の枕を売ってしまおうと考え 秦の市場に売りに出した。 丁度そのとき、秦の王妃が東方に旅行に来ており、 辛道度が金枕を売っているところに出くわした。 王妃は、どうも気になるので召使に命じて買い取らせた。 しげしげと買い取った枕を眺めたあと辛道度を召し寄せた。 |
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王妃 | 「おまえはこの金の枕をどこで手に入れたのです? これは私の一族が持っていた枕のはず。 おまえはこれを盗んだのか?」 |
辛道度 | 「い、いえ。め、めっそうもない。 信じていただけるかわかりませんが、 私は霊になった秦女さまという王族の方と、三日間だけ夫婦となりました。 秦女さまは三日経つと、もうお別れね、と言って餞別にその金枕をくれたのです。 秦女さまは二十三年前に死んだと自分で仰ってましたが・・・。」 |
王妃 | 「おおお・・・。それは私の娘ですよ。 私にはまだ信じられませぬ。 娘の墓を見るまで信じませぬ。」 |
こうして王妃は娘の墓を掘り起こした。 すると埋葬した時の品々はみな揃っていたが、金の枕だけが見当たらない。 さらに着物を脱がしてみると、交わったあとが歴然としている。 王妃もこれを見てやっと納得した。 「娘は偉大な神秘の力を持った人じゃ。死んでから二十三年も経つというのに、 まだ生きている人と交わりを結ぶことができるとは。 辛道度どのこそ私の真の娘婿であるぞ。」 そして辛道度を馬都尉に任命し、金帛馬車を下賜して国へ帰らせたのであった。 このことが由来となって娘婿のことを「馬」と呼ぶようになったそうな。 天子の娘婿もやはり「馬」と呼ばれている・・・・・・。 |
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やっぱり『捜神記』。期待を裏切らない。 |