干宝『捜神記』にみる秦始皇帝期の奇談1 |
干宝が著した『捜神記』という本は事実を重んじる史書の類ではありません。 肩の力を抜いて奇談小説でも読むような気持ちでお付き合い下さいませ。 **** **** **** **** **** **** **** **** **** **** **** 秦の始皇帝の時代のこと。 王道平という男が長安県にすんでいた。 幼い頃から同じ村に住む唐父喩という少女と仲がよく、 ゆくゆくは結婚しようと誓い合っていた。 唐父喩は成長して、それはそれは美しい女性となった。 しかし不幸かな、王道平は南越討伐の遠征軍の兵士として駆り出されてしまい、 南越に行ったきり九年間も帰ってこなかった。 そのあいだに唐父喩の両親は、劉祥という男との縁談を勝手に進めてしまった。 唐父喩は、王道平以外の男性とは絶対に結婚しないと堅く契っていたので断固反対したが、 結局両親に押し切られ、劉祥の元へ嫁いでいった。 唐父喩は劉祥の新妻になったものの、塞ぎこんでいつも王道平のことを慕い続けていた。 そして深い恨みを抱いたまま、病死してしまった。 両親は娘の遺体を引き取り、動かなくなった娘に詫び続けた。 そして、娘を埋葬した。 唐父喩が埋葬されてから三年、やっと王道平が長安に帰ってきた。 知り合いに「唐父喩は今どこに住んでいるのか。」と聞くと、みな曖昧なことしか言わぬ。 王道平は友人を問い詰めると、衝撃的な事実を知った。 友人が言うには、「あの可愛い娘さんは君のことを慕い続けていたんだが、 両親に強制されて劉祥のところに嫁入りしてしまったのだ。 だが結婚してからも君を思い続け、結局悶々として病死してしまったのだ。」 王道平は悲しみのあまり泣き叫び、友人の肩を掴んで「墓はどこにあるんだ!」と詰め寄った。 友人は彼を哀れんで、唐父喩の墓まで連れて行ってやった。 王道平は胸も張り裂ける思いで涙にむせび、 こみ上げてくる悲しみをどうすることもできずに墓の周りを歩き回った。 「ああ・・・父喩、父喩、唐父喩よ。俺とお前とは一生添い遂げようと天地に誓いを立てた仲だった。 だが、お上が俺を南越に行かせ、二人は長い間別れ別れになってしまった。 挙句の果てに、お前は両親のために劉祥の嫁になってしまい、 最初に立てた二人の誓いが果たせないばかりか、二度とこの世で会えなくなってしまった。 もし、お前に魂があるならば、あの元気だった頃の顔を俺に見せておくれ。 もし、魂が無いのなら・・・・・・これでお別れだ。」 と墓に向かって泣き叫んだ。 するとどうだろう。 唐父喩の霊魂が墓の中から現れて、王道平に語りかけた。 「あなた・・・。一体どこからおいでになったのですか。 あんなに長いこと音沙汰が無かったのに・・・。 私はあなたと夫婦になって一生添い遂げると誓いましたが、 両親に責め立てられて泣く泣く劉祥に嫁いだのです。 劉祥の嫁になってからは、寝ても醒めてもあなたのことを思い続け、 恨みがつのって死んで幽界を彷徨うこととなってしまいました。 でも、あなたは昔のお気持ちをお忘れにならず、 もう一度会ってわたくしの心を慰めようとおっしゃってくださいます。 そのありがたいお志ゆえに、申しましょう。 わたくしの肉体はまだ腐っておりませんから、生き返ってまた夫婦となることができます。 さあ、早くお墓を掘り起こして棺を壊してください。 わたくしは外へ出ればすぐに生き返りますから。」 王道平はその言葉を信じ、墓を暴いて棺を壊したところ、 唐父喩の死体はまったく崩れていなかった。 王道平は必死に唐父喩の体をさすった。 すると、唐父喩はうっすらと目を開けて生き返った。 王道平は歓喜の涙を流し、唐父喩をひしと抱いた。 王道平は着物を換えさせ、連れ立って家へ帰っていった。 もと夫であった劉祥はこの話を聞いて驚き、長安県の役所に訴え出た。 しかし法律に照らし合わせて裁こうにも、こんな前例はなく、ましてや当てはまる規定もない。 そこで県の役所は内史(京師一帯を治めた官)に奏上したところ、 内史は王道平と唐父喩の結婚を認めた。 その後、唐父喩は、 秦の崩壊、楚漢の動乱、劉邦の天下統一、呉楚七国の乱、匈奴大遠征を見て、 武帝の頃に死んだという。百三十歳であった。 |