第八話:奢れる者は久しからず |
項梁は、章邯の策に嵌まっていることにも気づかず定陶に居座った。 だが、楚軍の中に章邯の策に気付いている者が一人だけいた。 宋義(そうぎ)という者である。 宋義は度々項梁を諌めた。 「我々は戦いに勝ち続け、慢心しております。 将たる者が慢心し怠惰に流されていては勝てる戦も勝てません。 しかも、我々の兵達も秦軍を侮り、怠惰に流れています。 これは危険です。 私が思うに、章邯ほどの将軍がこんなに戦に弱い訳がありません。 きっとこれは章邯が組んだ罠でしょう。 我々を勝ち続けさせ慢心を起こし、そこを一気に叩く策でしょう。 こんな策に引っかかってはいけません。 私が掴んだ情報によると、秦軍は益々増強されているとのことです。 これは明らかに一撃必殺を狙っています。我々は今、非常に危険な場所にいるのです。 項羽・劉邦軍と合流し、懐王に増援の使者を送るべきです。 そうしなければ、章邯とは戦えないでしょう。」 しかし、項梁は秦をなめきっていた。 「いや、私はそうは思わない。秦は弱いのだ。 至る所で暴虐の限りを尽くしたため、秦は天に見放されたのだ。 時代は秦滅亡に向かって進んでいる。 こうして我々が勝ち続けているのは、秦を怨む人々が我々と共に戦っているからだ。 だから我々が負けるはずがない。」 こうして項梁は宋義の諫言を聞き入れなかった。 それだけではない。 度々きつく諫めてくる宋義を疎ましく思い、遂に「斉への使者」という名目で追い出してしまったのだ。 宋義は、 「これで巻き添えを食らって死ぬことはなくなった。よかったよかった。ははは・・・」 と思っていたであろう。 宋義は斉へ向かう途中、斉からの使者の顕(姓は不明。斉では高陵君の号を持っていた)とバッタリ出あった。 宋義「あなたは、今から項梁どのに会いに行かれるのですか?」 高陵君顕「ええ。そうですが。」 宋義「それならば、ゆっくりと行かれる方がよい。」 高陵君顕「?? なぜですか?私は君命を受け、道中を急ぐ者ですが・・・」 宋義「あなたは、ゆっくり行けば死を免れる。急いで行けば、巻き添えを食って死ぬだろう。」 高陵君顕「!! なんと!項梁どのが敗れると言われるのか?」 宋義「ああ、そうだ。秦の章邯は、項梁が慢心して兵を分散させるのをずっと待っていたのだ。 今、項梁は慢心し、私がいくら諌めても耳をかそうとはせぬ。 定陶が彼の墓場となるだろう。 あなたが急いで定陶に向かえば、ちょうど秦の全軍が定陶を囲んでいるところに出くわすであろう。 あなたは必ず捕えられ、殺される。 あなたは、急ぐべきではない。」 高陵君顕「・・・・・・・・・・。わかりました。では、私はあなたと道を同じくしましょう。」 宋義「そうか、それがよい。では、これから懐王の下にでも出向くか・・・。」 宋義の予言通り、章邯は秦の全軍を動員して定陶を囲んだ。 項梁はよく守ったが衆寡敵せず、定陶は落ち、項梁は死んだ。 あまりにもあっけない首領の死であった・・・ |