■訳 妻は病に倒れて数年、 最期の時に一言言い残そうと思い、枕もとに夫を呼び寄せたが、 言おうとしても言葉にならず思わずはらはらと涙を流す。 「あなた、子どもたちをお願いします。 どうか飢えさせたり凍えさせたりしないでください。 過ちがあってもどうか笞で打ったりしないでください。 子どもたちも私と同じで長くはない命なのですから。 どうかそれだけはお忘れにならないでください。」 |
残された父と子たちは―――― 子を抱き上げようにもまともな衣服はなく、 あるのは短くて薄い単衣ばかり。 父は戸と窓を閉め、やむなく子を置いて市場へ向った。 途中で親しい友人と出会って泣き崩れ、 「子どものために食べ物を買ってやりたいのだが。」 と言って金の無心をして泣いた。 「いくら悲しむまいと思っても、悲しまずにはいられないのだ・・・」 友人はその父に懐中の金を与え、家までいってみると 子らは母の胸を求めて泣いていた。 友人はがらんとした部屋を歩きまわって呟いた。 「お前たちも母親と同じ運命なのか・・・。」 いや、もうくどくどと愚痴はこぼすまい。 |
この漢詩は詠み人知らずの詩であり、前漢に成立したものと思われている。 病気に罹っても医者に看てもらう金もなく死んでゆく妻の願いと、あとに残された夫と子の悲しい運命を詠った詩である。 戦争や貧困で一番悲しみ苦しむのは、史書に名を連ねた政治家ではなく、無力な庶民であった。 この詠み人知らずの詩は、時代を超えてそれを教えてくれる。 |